寝たきりになったのは介護の責任?
■エピソード10
胃瘻で寝たきり、という現実
Sさんは93歳の女性です。「要介護5」で常時寝たきりです。食事も口からは取れず、胃瘻という方法で直接胃袋に穴を開け、管を通して栄養を供給しています。そんなSさんですが、5年前はホーム内を手押し車で歩いていたと言います。
「Sさんが寝たきりになったのは介護の責任!」。これは看護師の口癖です。Sさんのケアに入った後は、必ず後悔があるのか、介護主任に向かって責めるように言います。看護師の話を要約すると次のようなことになります。
Sさんは、元来、性格が気難しく、横着な性質の女性でした。何をするにも介護職員に厳しく文句を言い、無理難題を突きつけるので、介護職員も自然と敬遠するようになってしまったといいます。介護職員との距離ができ、接点が少なくなると、用がなければ居室から出てこなくなってしまいました。介護職員のほうも、どこかで居室から出てこないことをこれ幸いと思うようになり、積極的に訪室することもなかったといいます。そして、とうとうSさんはベッド上で生活する時間が長くなり、寝たきりになってしまったというのです。いわゆる、介護業界で言うところの廃用性症候群というものです。この一連の介護職員の行為を看護師は介護の責任と責めているのでした。
たしかに、介護職員の不手際と言えばそうかもしれません。しかし、80人の入居者を抱えるこのホームで、介護職員は一人のことばかりかまっていられなかったことも事実でしょう。ましてや、何かにつけて文句しか言わないSさんの場合、介護職員も人間です、嫌だなあと思って、Sさんに対し足が遠のくのは無理もないことかもしれません。
横着で我儘な彼女は、寝たきりになってからも、介護職員の助言や指導を受け入れず、何もしなかったために、今では体の節々が拘縮して、着替えさえままならない状態まで悪化してしまいました。膝も腕も曲がったままで伸びないので、着替えの度に苦痛で顔がゆがみます。発する言葉は「痛い」「苦しい」の2種類だけで、まるで生きていること自体が苦悩のようです。