笑った顔を見せない93歳女性入居者
そんなSさんに更なる悲劇が加わりました。彼女の子供が1週間前に癌で死亡したというのです。もともと、子供とも上手くいかず、面会に来るのは1年に数回程度でしたが、ここ最近は面会には来ていません。彼女は子供が癌であることは承知していましたが、まさか自分より先に死ぬとは夢にも思っていないはずです。
「誰がSさんにお子さんが亡くなったことを伝えるのか」。介護職員の間で協議が始まりました。「ホーム長の仕事では?」「生活相談員がやるべき」「いやいやSさんと人間関係がある介護主任が言うべきだと」と、なかなかまとまりません。結局、介護主任が代表して子供の死を告げることになりました。
翌日、介護主任が居室を訪問し、お子さんが癌で亡くなったことを伝えました。介護主任の話によると、いつもの通り、黙って目を見開き、天井を見つめていたということです。そして次の瞬間、目からスーッと涙がこぼれ、頬を伝わり首筋に流れていったと言いました。声はいっさい出さずに涙だけが。
その話を聞き、介護職員はSさんの心境を考え、今後の介護方針をあらためて考えることにしました。看護師によると、心臓だけは人並み以上に強いが、その他の身体は限界に来ている。特に、胃瘻で栄養を一日2回流しているが、医師と相談して1回に減らしていく方向だと言います。栄養を体に回す能力もないそうです。今でこそ、ターミナルとか看取りとかということが当たり前になっている介護現場ですが、当時はターミナルとか看取りという言葉が、まだまだ一般的ではなく、人生の最期に向かってどうしようかということは職員も慣れていませんでした。
寝たきりで、口を真一文字に噤み、目を見開き、天井を睨みつけながら、介護を受けているSさん。笑った顔を見た者がいないSさん。「痛い」「苦しい」「死にたい」しか言わないSさん。多くの職員は「あれでは、生きているのも辛いだろうね」「本当は、早く死にたいんじゃないかなあ」「でも、自殺さえできない身体だからね」などと思っていたはずです。
老人ホームの場合、どうしても、多くの入居者に対し、限られた介護職員で対応し、介護職員の業務は、介護保険制度に基づき事務作業も煩雑で多様です。したがって、すべてのことに対し、個別に丁寧に対応するということは難しいのが実態です。けっして、好ましいことではありませんが、そのような状況下で生活をしていかなければならないということを入居者は理解し、立ち回りを考えなければならないのが現実でもあります。
小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役
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