どうやって老人ホームを選んだらいいのか? それには入居者の生の声を聞くのが一番と、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者は断言します。そこで著者は、数々の入居者のエピソードを通して、ホームでの暮らしの悲喜こもごもを紹介。現在、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

箱入り娘として育った女性入居者のある行動

■エピソード1
人形を自分の子供だと信じている認知症患者

 

Aさんは85歳の女性です。認知症を発症し、2年前から老人ホームに入居しています。Aさんは、ある特殊な行動以外は、まったく正常な自立の高齢者に見えるので、初対面の人からは「どのような事情で老人ホームに入居しているのだろうか」と勘繰ぐられてしまいます。かくいう私も、ある特殊行動を目撃するまでは、まったくAさんは心身ともに自立した“感じの良い上品なおばあちゃん”という認識を持っていました。

 

人形を自分の子どもと思い込んでいる上品な女性入居者がいた。(※写真はイメージです/PIXTA)
上品な女性入居者は人形を自分の子どもと思い込んでいた。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

彼女の居室を訪問すると、それはそれはいつもきれいに整理整頓されています。ベッドには、一目で一流ブランドだとわかるベッドカバーが掛けられ、皺ひとつありません。フローリングの床には、見るからに高額なペルシャじゅうたんが敷かれ、来客用の木製の椅子と小さなテーブルが置いてあります。窓に掛かるカーテンも某有名ブランドのレース製です。居室の正面には、彼女が好きだという東山魁夷の、もちろん本物が掛けられています。

 

毎週訪問される娘さんの話によると、Aさんは、良家のご令嬢として生まれ、箱入り娘として大切に育てられたそうです。もともと几帳面な性格でもあり、幼少の頃からお手伝いさんがいる環境で育ったせいか、着るもの、食べものをはじめ、生活の細部に、こだわりと一定の秩序を要していると言います。

 

ある日のことです。居室の前を通りかかった私は、Aさんから呼び止められ居室の中に入ると、リクエストがありました。「眩しいから窓のカーテンを閉めてくださる?」と。彼女は居室の隅で片づけものをしている最中です。もちろん、窓から直接光は届いていません。するとまたリクエストがありました。「ベッドで寝ている子供が眩しがるので、お手数ですがカーテンを早く閉めてください」と。よく見ると、ベッドカバーの上に一体の人形が置いてあり、その人形の顔に光が直接当たっています。私がカーテンを閉めると安心したように、その人形を抱き上げ、「私の子供、かわいいでしょ」と言って私に人形の顔を見てほしいと促します。

 

私は、先輩職員にこの一連の出来事を報告したところ、先輩から解説を受けました。

 

「Aさんは、その人形を自分の子供だと思いこんでいます。朝昼晩と食事も与え、気が向くと洗面所で体を洗っています。毎回、毎回、食べ物を人形の口に押しつけるので、人形の口の周りは汚れ、衛生を保つことができません。娘さんと協議の結果、介護職員が隙を見て、人形の口の周りを洗うようにしているので、口の周りのフエルトの色だけが白くなってしまいました。もし、あなたがAさんから『人形を取ってほしい』というリクエストを受けたら、絶対に人形としてではなく、人間の赤ちゃんとして取り扱わなくてはダメです。以前に、人形を取ってほしいというリクエストを受けて、職員が人形を片手で持って手渡したところ『私の大事な子供を乱暴に扱うな』と言って、普段はきわめて大人しく穏やかなAさんが、鬼のような形相に変わり、烈火のごとく怒り狂ったという記録が残っています」と。

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誰も書かなかった老人ホーム

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小嶋 勝利

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