口コミ情報が入居時の判断に役立たない
インターネットの普及により、近年、老人ホームの口コミサイトなるものも増えてきています。しかし私は、老人ホームへの入居を考える場合、口コミサイトはまったく役に立たない、と考えています。
理由の一つは、介護は医療とは違い、エビデンス(検証結果)がまだまだ確立されていないからです。2000年に介護保険制度が始まってまだ十数年の歴史しかなく、介護業界全体の中での「暗黙知」が、臨床手続きを踏んで「形式知」に変換できているところまで、いきついていません。ほんの数十年前の高齢者介護とは、自宅で素人の嫁さんが独自に行なっていた、自己流の生活支援だったはずです。それを、医療と同じレベルまで持っていくのは、数年先の話ではないでしょうか。
さらに、医療現場と違い、介護現場で介護職として働く者の中には、いまだに無資格者も多く存在します。さらに話を複雑にしているのは、能力の高い介護職員が皆、国家資格を取得し専門的な教育を受けているとは限らない、ということです。むしろ、無資格の介護職員のほうが能力が高いという現象も、老人ホームをはじめとする介護施設では数多く散見されます。
つまり、教科書に記載されている標準的な介護技術や知識を取得している職員が、良い介護職員であるという評価にはなりにくいのです。介護職員の評価はきわめて個別性が高く、情緒的な要素が強いのが特徴です。端的に言えば、入居者の考え方、受け取り方次第ということになってしまうのです。
さらに、老人ホームに入ることが近年増えてきたとはいえ、まだまだ、普及しているとは言い難い状況です。私たちの一般的な生活の中に、医療機関ほどには介護事業所は浸透しているとは言えないのです。
読者の皆さんは、最低でも1年に一度くらいは、何らかの医療機関を受診しているのではないでしょうか。しかし、老人ホームに入居した〝経験がある〟という人は、少ないはずです。
つまり、老人ホームの実態はほとんど知られてはいない、ということになります。ほとんど何も知らない人たちにとって、他人の口コミ情報は、かえって自身の考えをまどわすだけではないでしょうか。
レストランやホテルなどの口コミ情報は、それを使う人がレストランやホテルを何度も利用した経験があり、常に過去の経験と比較することができるからこそ、価値があるというものでしょう。口コミ情報に記載されている内容を確認し、「やっぱり」「自分もそう思った」「そこまでひどくはなかった」という感想を持つことができるので、「役に立つ」のです。
百害あって一利なし。これが老人ホームにおける口コミ情報の効用です。素人による、きわめて個別性の高い評価を、これまた素人が真に受けても何も役には立ちません。老人ホームについては、百聞は一見に如かずということが言えるのです。