新型コロナウイルスの感染拡大によって景気後退が叫ばれ、先行き不透明感が増すなか、日本経済はどうなるか、不動産はどう動くのかに注目が集まっている。本連載は、多くの現場に立ち会ってきた「不動産のプロ」である牧野知弘氏の著書『業界だけが知っている「家・土地」バブル崩壊』(祥伝社新書)より一部を抜粋し、不動産の現状と近未来を明らかにする。

テナント賃料が下がれば生産性は上がる

私は、三井不動産を離れてもう干支が一回りするくらい時間がたってしまいましたが、独立起業をしてからも大手町や日本橋にあるような素晴らしいスペックのオフィスビルに入居したいと思ったことは一度もありません。三井不動産では大型のオフィスビルの企画立案をたくさん行なっていたにもかかわらず、です。

 

牧野知弘著『業界だけが知っている「家・土地」バブル崩壊』(祥伝社新書)
牧野知弘著『業界だけが知っている「家・土地」バブル崩壊』(祥伝社新書)

もちろん、私の会社は巨大オフィスビルを利用するような規模でもありませんし、賃料を払えるような資力もないのでこんな発言は「負け犬の遠吠え」にすぎないのかもしれませんが、たとえ大きな組織で十分な資力があったとしても、少なくとも自分が不動産関連の事業を行なっている限りにおいて、これらのビルは明らかに「オーバースペック」であるからです。

 

2011年東日本大震災が勃発した時、私は港区新橋の小さなビルにいましたが、その当時を振り返っても、仮に自分がどんなにスペックの良いオフィスビルにいて、企業としてのBCPが正常に継続できたとしても、あの日はオフィスに残って仕事をする気に、少なくともなれませんでした。避難する際にもエレベーターは使えないし、使いたくもなかったのです。高層階などにいたら、さぞや不便を強いられたことでしょう。

 

天井高が3mあっても、私には何だか落ち着かない空間です。同じ建物の中に美術館や映画館があるといっても、たまにしか利用しないので「別にあってもなくてもかまわない」施設にすぎません。むしろ私にとっては毎日昼食をとる際に、チェーン店ばかりではないリーズナブルで美味しい飲食店があることのほうが、オフィスを選ぶ際には大切なポイントになります。

 

六本木ヒルズや東京ミッドタウンなどは、駅から自分のオフィスにアプローチするのに広大なロビースペースを歩き、厳重なセキュリティゲートを通過して、人いきれでむせ返るようなシャトルエレベーターから各階エレベーターに乗り継ぎ、結局駅から自分のデスクまで10分以上かかってしまいます。せっかちな私には向かないのかもしれません。

 

実は一部のグローバル企業を除いた多くのテナントにとっては、現在提供されるオフィスビルの多くは、使いもしない機能をいっぱいに詰め込んだ家電製品のような状態ともいえるのです。

 

そうした意味では不動産バブル崩壊後、オフィスビル市場が「借り手市場」に変わってくると、テナントがオフィスビルを評価する価値軸にも変化が出てくると思われます。

 

何といっても、オフィス賃料は企業経営者にとっては人件費に次いで頭を悩ます固定費です。なによりも立地が良くて、耐震性に優れ、水回りなどの共用部が清潔であれば、私はオフィスの執務環境として十分だと思っています。そうしたビルが今後はかなりリーズナブルな賃料で借りられる時代がやってきそうです。

 

それは企業にとっては生産性が上がることになります。まことにけっこうな時代の到来です。

 

牧野 知弘
オラガ総研 代表取締役

不動産で知る日本のこれから

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