「症状」があれば「病気」というわけでもない
保菌者とは、病原菌を体にかこっていても、病気ではなく、したがってその人は病人ではないのです。同じようにHIV(ヒト免疫不全ウイルス)を体の中に持っていても、それそのものが病気なのではありません。こういう人をHIV感染者と呼びます。しかし、特有の、決められた症状が出て初めてその感染者は「エイズ(後天性免疫不全症候群)」という病名が告げられ、初めて病人と認定されます。まあ、少なくともそういう約束事になっています。
では、病原体を持っていて、なおかつ症状があれば「病気」ということで病気の実在を証明できるでしょうか。ここまでの手続きを踏めば、なんら文句はなさそうにも思えます。
実は違うのです。このような手続きでは、やはり病気の実在を証明することはできません。
私が北京で出会った結核患者さんを思い出してください。この患者さんは「自覚している」症状は全く持っていなかったのです。それが、喀痰検査をしたら結核菌が見つかりました。一般には、このように結核菌が体内のどこかから検出されたり、結核の病変が「目に見えている」場合は活動性結核といって「病気」と認識されます。
医療者の判断で「病気」になったりならなかったり……
さて、これから、ちゃぶ台をひっくり返していままでの議論をチャラにしてしまうような面倒なお話をします。頭がこんがらがっちゃうかもしれませんが、がまんしておつきあいください。
実は、全く症状がない、そして病原体を体に持っている人であっても「病人」として認定し、「病気を持っている」と認識しよう、という考え方も最近では出てきたのです。ええ ? いままでの議論はどこへ行っちゃったの ? こういう、前提を根底から覆すようなことを言い出すのは、大抵は実験精神に富んだアメリカ人たちです。今回も例外ではありませんでした。
彼らはこう言ったのです。菌を持っているだけの人は「保菌者」ではなく、「潜伏結核」という「病気」を持った人と呼ぶことにしましょう、と。なぜそういうことを言い出したのでしょう。それは、それが彼らの目指す目的に合致した判断だからです。