新型コロナウイルスの猛威は衰えを知らず、第2波、第3波の到来も危惧される状況が続く。この時勢、パンデミック客船「ダイヤモンド・プリンセス」の実態を明らかにした神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授が提言する「病の存在」は、まさに今議論されるべきテーマと言えるだろう。本連載は、岩田健太郎氏の著書『感染症は実在しない』(集英社インターナショナル)から一部を抜粋した原稿です。

治療後に初めて「病気」だったと認識する?

ふーん。確かに結核って症状が漠然としているので、あまり激烈に苦しんだりはしないものなのです。微熱、体重減少、何となくだるい、という漠然とした症状が数週間続くのが普通です。ですから、本人にも体調が悪い、病気だったと気づかないことってあるのでしょう。なんとなくだるい、くらいは本人にとって「病気とは認識されていない」のでした。治療して「より」元気になったので、初めてこの男性は自分が病気だったことを、はっきりと認識したのです。

 

さて、「生まれてこの方、病気ひとつしたことがない」と言う人がいる話をしました。しかし、その人は本当に病気をしていないかどうか、確かなことが言えるでしょうか。すでに北京で出会った結核患者さんの例でもわかるように、「自分が病気をしているという認識がない」ということは、「病気をしていない」という保証にはなりません。したがって、自らが自らを病人と、あるいは病人であったと認識するかどうかは、現実に病気であったかどうかとは無関係である、と言うことができます。

「病原菌の発見=病気の診断」ではない

「でも、その北京にいた西洋人からは結核菌が見つかったんでしょ。菌が『実在』しているのなら、結核という病気も実在しているに決まっているじゃないですか。ちゃんと結核という病気として診断され、病気は実在することが『証明された』わけです。科学的に間違いのない事実です。だから、その人が『自覚しようがしまいが』病気は実在するのです。あなたの主張は単なる言葉遊びにすぎません」

 

こんな批判が聞こえてきそうです。実は、これは医療者であっても陥りがちなピットフォール(罠)です。確かに「病原体」たる結核菌は実在するかもしれません。まずはこの実在は無批判に信じてみることにしましょう(信じたからといってさしあたって困ることもなさそうです)。しかし、病原菌の実在=病気の診断ではないのです。医者ですら、このような誤謬にしばしば陥るのです。この点に ついてもう少し説明しましょう。

 

結核菌が見つかったから結核という病気が実在する、と仮定してみましょう。病原菌の発見=病気の診断と見なすわけです。しかし、結核菌は世界の人口の3分の1、何十億という人に感染しています。そうすると、世界の何十億という人が「病気」だということになります。もし、「病気」を正常状態からの逸脱と解釈すれば、こんなにたくさんの人々が「逸脱」しているのです。本当にそれで正しいと言えるのでしょうか。

 

あれ、またまた反論の声が聞こえてきました。「ちょっとちょっと、私が勉強していないと思ってごまかそうとしていますね。結核菌に感染しているだけでは病気とは言わないんですよ。あれは『保菌者』です。菌を持っているだけで、病気をしていないのだから、『病人』ではありません」

 

なるほど、では菌を持っているだけでは病人とは呼ばないのですね。では、そのご意見を尊重するのであれば、やはり「病原菌の発見」がそのまま病気の診断ではないと言えるのではないでしょうか。

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感染症は実在しない

感染症は実在しない

岩田 健太郎

集英社インターナショナル

インフルエンザは実在しない!生活習慣病も、がんも実在しない!新型コロナウイルスに汚染されたクルーズ船の実態を告発した、感染症学の第一人者が語る「病の存在論」。検査やデータにこだわるがあまり、人を治すことを忘れてし…

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