漢方は、「病名」ではなく「症状」に薬を処方する
私は漢方の専門家ではありませんが、いろいろな理由で漢方薬を使います。風邪の患者さん、お腹がはっている、疲れがとれない、のどがいがらっぽい……いろいろな患者さんに用います。漢方薬を飲んでよくなったとおっしゃる患者さんもいますし、あまりぱっとしないと言われる方もいます。
漢方薬の使い方の特徴としては、病名に対してではなく、症状に対して薬を出すことが 挙げられます。つまり、「C型肝炎、心筋梗塞、うつ病にこの薬」というのではなく、も し「だるい」という症状がC型肝炎、心筋梗塞、そしてうつ病を起こしているのであれば、 そのすべてに同じ薬を出すことだってあり得るのです。
病気は実在せず、現象にすぎないという私の主張は、実は東洋医療の世界では「常識」でした。そのような認識の元で漢方薬は用いられていたのです。欧米の医学(いわゆる西洋 医療)のような「病名」による病気の認識のされ方は恣意的なものであり、病気は実在せ ず、単に恣意的に認識されるだけです。ですから、それを採択しない東洋医療のような考 え方、文化、態度があったとしてもむしろ当然で、何ら驚くべきことではないのでしう。
「検証」ではなく「継承」を重んじる東洋文化
では、漢方薬は効くのでしょうか。これは、結構議論の余地のある問題です。というのは、漢方薬の効果はくじ引き試験で効果を示されていないことが多いのです。「いや」とある漢方医療の専門家は主張します。「漢方はもう何千年も使われている、昔からある医療である。もし漢方に効果がなければ、すでに何百年も前から廃れてしまっているに違いない。だから漢方薬は効くのである。これが、漢方医療が効果があるという私なりの『エビデンス』である」と。
うーん。本当でしょうか。例えば、こんなふうに反論することはできるかもしれません。 「何千年もあるのにいわゆるエビデンスが出ないというのは、逆に疑いの目を向けられて もいいのかもしれませんね」と。
もともと、東洋の文化は西洋の文化と異なり、弁証法が用いられてきませんでした。ソクラテス、プラトンの時代から西洋文化では、現状のデフォルトの考え方に疑問を投げかけ、「それは本当か」と検証していくことで変化、発展させていきました。他方、東洋の 仏教、儒教の文化では考え方は継承していくものであり、既存のデフォルトの考え方は本 当に正しいのだろうかと疑問を投げかけ、それに修正や変化をもたらすことは少なかった ように思います。
だから、漢方医療が何千年も継承されていったのは(厳密には漢方医療も 時代ごとにその使われ方は変化していますが)、漢方医療の無謬性の証拠というよりも、東洋文化の特徴ゆえと考えることもできると思うのです。