症状を全く持たない「糖尿病患者」もいる
結核、インフルエンザ、鳥インフルエンザ、新型インフルエンザのような感染症を例にとって、感染症とは実在しない現象にすぎない、という話をしてきました。実は、これは感染症だけの話ではありません。すべての病気は「現象」にすぎず、病気は実在しないのです。
例えば、糖尿病、高コレステロール血症、高血圧なんていう病気があります。いずれも「生活習慣病」と呼ばれる病気です。
糖尿病には1型と2型があります。1型は重症型の病気で、膵臓からインスリンという ホルモンが作られなくなってしまいます。血糖値が上がり、糖分を含んだ尿が盛んに出るので脱水を起こします。それで口が渇く。これが古典的な糖尿病という「現象」です。従来、糖尿病というのはこのような現象として捉えられていました。
しかし、現在、糖尿病の大多数の患者さんは、重症型の1型ではなく、比較的軽症の2型の糖尿病を持っています。そして、糖尿病患者さんの大多数は全く痛くもかゆくもない、無症状の人たちなのです。血液検査をしないと糖尿病とは認識されません。昔と違って、糖尿病という病気は「ほとんどの場合は、初期は無症状」ということになりました。現象の捉え直しが起きたわけです。
同じように、ほとんどの高血圧の人や高コレステロール血症(最近は脂質異常なんて呼び方 をします。病気の名前はしばしば恣意的に変更されます)の患者さんも、全く症状を持たない人たちです。で、血圧を測ったり、血液検査を行ったりして初めて病人だと認識されるのです。
糖尿病の診断基準は国ごとで様々
でも、糖尿病そのものは本当に「実在」する病気なのでしょうか。
全く症状がなくて、血液検査(など)が異常なだけ、というのが糖尿病の方の大多数のパターンです。で、検査の異常がある、ということがそもそもは病気なのでしょうか。
はい、病気です、と医者は「定義」しました。それは恣意的に行われたのです。さらに、糖尿病ほど血糖値は高くないけれど、少しだけ血糖値が異常な状態に対して「耐糖能(たいとうのう)異常」という新しい名前を付けました。これらもすべて恣意的な判断です。
それが恣意的である証拠に、日本と外国では糖尿病の診断基準が異なるということがあります。糖尿病の検査にヘモグロビンA1C(エーワンシーと呼びます)というのがあります。これを日本では糖尿病の診断に用いますが、アメリカでは用いません。
病気が実在するものであれば、こんなへんてこなことは起きるはずがありません。日本の糖尿病とアメリカの糖尿病の認識の仕方が異なるのは、それはあくまで病気は実在せず、現象として認識されるからなのです。現象を恣意的に名づけているからこそ、「うちの糖尿病」と「あちらの糖尿病」と異なる定義で押しても大丈夫なのです。
同様に、高血圧、高コレステロール血症なども、みな症状がないのに病気だと恣意的に決めつけられました。その扱いや診断基準も各国様々です。
「がん細胞の発見=がんの発症」ではない
日本人の死亡原因で最も多いのが、がんです。
がんというのは、もともと「でき物」ができて死んでしまう病気でした。そういう「現象」をがんと呼んでいたのです。
ところが、病理学が発達し、がんのでき物ががん細胞からできていることが顕微鏡で確認されるようになりました。そしてそれが、いつのまにか、「がん細胞が確認されること」ががんという病気だと認識される、いわば逆転現象が起きてしまったのです。
かつてはでき物ができて苦しくて、痛くて、やせこけて死んでしまうような人が「がん患者」であったのですが、そうではなく、全く症状のない人でも体からがん細胞が見つかれば「がん」という病気である、というように置き換えられてきたのでした。
そこで、がんを見つけてやろう、がん細胞を見つけてやろう、できるだけ早く見つけてやろう、そしてでき物が大きくならないうちから取ってしまえば、がんという病気を克服できるのではないか……こんな考えが出てきました。