高齢社会が進展するなか、認知症の増加に伴い、高齢者の資産凍結の問題が多発しています。家族の資産を守る方法として従来から生前贈与や成年後見制度、遺言書などの様々な対策が提唱されてきましたが、実際のところこれらの対策だけでは対応しきれないところや不便なところが多々あり、不完全といわざるを得ません。本連載は、相続・登記に特化した司法書士さえき事務所の所長である佐伯知哉氏が、新しい相続対策、認知症対策としての「民事信託」の活用法について解説します。

成年後見制度では「自由に財産を処分する権利」がない

従来の成年後見制度だと、本人が認知症等で判断能力が低下したりなくなってしまった場合は家庭裁判所が選任した成年後見人が財産管理を行うことになります。

 

 

成年後見人は原則として本人の財産を管理することしかできず、特に本人が居住しているような不動産を処分(売却等)するには家庭裁判所の許可が必要になります。

 

また、誰が成年後見人になるかは家庭裁判所が決めることになるので、親族を成年後見人になるよう希望したとしても要望が通る保証はありません。本人の財産規模にもよりますが、ある程度の資産(横浜家庭裁判所管内では1,500万円程度)があると、ほぼ、司法書士等の専門家が成年後見人に選任されることになります。

 

民事信託であれば、信託契約で定めた範囲内であれば、家庭裁判所の関与なしに、本人が希望した受託者において自由に財産の管理や処分をすることが可能になります。信託された財産は、家庭裁判所の監督下には置かれないので、成年後見制度では毎年必要な家庭裁判所への報告も必要ありません。

 

専門職が財産管理人となる成年後見制度では、専門職後見人への報酬が発生します。この報酬は本人の財産のなかから支弁されます。

 

民事信託では、家族が財産管理人たる受託者となりますので、契約内容で報酬をゼロにも設定することができますし、法外な金額でなければ報酬を与えるような設定にもできます。ある程度の報酬を与えるように設定することによって、親から子へ信託報酬として財産を譲渡することができるので生前贈与と併せて相続税対策に使うことも考えられます。

 

民事信託であれば、受託者の裁量で不動産の処分が可能
民事信託なら不動産の処分が可能。贈与のように課税されることもない

二次相続時の承継先までも決定可能

遺言書は本人が死亡後の遺産の承継について決めることができるものです。本人が単独で作成することができるものですが、単独で作成できるが故にいつでも遺言者である本人が単独で変更ができてしまいます。そして、本人死亡後の遺産承継しか決めることができません。

 

 

民事信託も遺言書と同じように、信託契約の中で定めた財産(信託財産)の範囲とはなりますが、遺産の承継先を決めることができます。遺言のような機能も持たせることもできるのです。民事信託は、委託者と受託者による「契約」によって成立するものなので、委託者があとで単独で契約内容を変更することができません。つまり、後で遺産の承継先を委託者である本人が翻意して変更することができなくなるのです。これはデメリットにもなりうるのですが、遺産の受け取りを期待している側からすると安心材料の一つになります。

 

また、民事信託では遺産の承継を二次相続以降も決めることができます。たとえば、本人死亡後に妻に遺産を相続させ、妻の死亡後には長男に相続させるといったことを委託者と受託者の信託契約のなかで決めておくことができるのです。受益者連続型の信託と呼ぶのですが、これは一次相続における遺産の承継先までしか決めることのできない遺言の限界を超えた機能をもっていることになります。

従来の制度とあわせて活用し、老後の不安を解消

民事信託の基本と従来の制度との比較について解説しました。家族ごとの要望によって自由に設計できることが民事信託の大きなメリットの一つです。自分(委託者)の財産(不動産・預貯金・有価証券等)を、信頼できる家族など(受託者)に託し、特定の人(受益者)のために、あらかじめ定めた信託目的に従って、管理・処分・承継する財産管理手法です。相続や認知症対策としての新しい制度として今後の運用が期待されています。

 

成年後見制度や遺言に対してよい面ばかりを書きましたが、民事信託が万能というわけではなく、従来の成年後見制度や遺言では手の届かなかったところを補完する役割として考えるほうがよいでしょう。相続対策や認知症対策を考える場合はこれらを併用すると、より安心した老後を迎えられることでしょう。

 

 

佐伯 知哉

司法書士さえき事務所 所長

 

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