老後対策、相続対策のため…「民事信託」の用途は様々
「民事信託」という制度をご存知でしょうか。家族信託と呼ばれることもあります。
「信託」というと投資信託のような金融商品を思い浮かべるかもしれません。投資信託は「商事信託」ともいい、本人の財産を運用会社がビジネスとして預かって資産運用する制度です。
民事信託は、構造としては商事信託と似ていますが、目的が違います。商事信託では主に資産運用を目的とすることが多いですが、民事信託においては、必ずしもそうとは限りません。
たとえば「老後の安心設計のため」「認知症の配偶者の財産管理のため」「円滑な相続・事業承継を実現するため」「資産の有効活用のため」など、民事信託の目的は多岐にわたります。
信頼できる相手に財産を託し、希望に沿った承継が可能
民事信託の基本的な仕組みについて解説します。民事信託には、原則として「委託者」、「受託者」及び「受益者」という3つの役割が登場します。
委託者とは、財産を持ち、託す人です。この人が「財産をどのようにしたいか」で民事信託の内容が決まります。
受託者とは、委託者の財産を託される人です。委託者の意向を反映させるために、実際に財産の管理・運用・処分などを行います。
受益者とは、委託者の財産による利益を受け取る人です。受益者は委託者と同じ人でも構いません。委託者と受益者が同一人物の場合は、委託者が受託者に託した財産から生じる利益を同一人物の受益者が受け取るため、贈与税などの税金が発生しません。
自宅を信託し、認知症による「不動産の塩漬け」を回避
では、具体的な事例を挙げて説明します。
【例】認知症で財産凍結…実家が、売却も賃貸しもできない「塩漬け」状態に
山田さん(50歳)には、地方で一人暮らしをする80歳の父親がいます。山田さんは都市に家を持ち、家族と暮らしています。そのため、父親はかねてより「一人暮らしがむずかしくなったら自宅を売って、そのお金で老人ホームに入所しようかな」と言っており、山田さんも納得していました。
ある日、山田さんは会社の同僚から「知人の親が認知症になった」という話を聞きました。その知人も実家を売却し、その後の親の生活費にしようとしていたらしいのですが、認知症になったために親の財産が凍結され、売却も賃貸もできなくなって困っているとのことでした。
父親が認知症になってしまうと、山田さん親子にも同じトラブルが起きてしまいます。認知症そのものを確実に予防する手立てはありません。どうすればよいのでしょうか?
民事信託の契約は委託者と受託者の間で行います。山田さんの父親が万が一認知症になった場合に起こる、不動産を賃貸したり売却できなくなる「資産凍結」に備えたいので、委託者兼受益者を父親、受託者を山田さん、実家不動産を信託財産として信託契約を締結します。
民事信託の契約を締結すれば、実家の不動産の登記名義は山田さんになりますが、「受託者 山田」として登記されますので、山田さんが完全な所有権を取得するわけではありません。
イメージとしては、信頼できる家族が財産管理会社となるような形です。不動産の名義が変わっても生前贈与とは異なりますので、山田さんに対して贈与税が課税されることもありません。
父親が認知症になってしまって、老人ホームに入居するために実家を売却するという場合では、山田さんが受託者として第三者との間で売買契約を締結します。実家の売却代金は山田さん個人の財産とは分離して管理し、売却代金から老人ホームの入居費用や父親の生活費などを信託配当として山田さんが父親に渡します。
このように、万が一、父親が認知症になった場合でも山田さんが自分自身の裁量で不動産の管理や処分をすることができるようになります。登記簿上に所有者として登記されているのは山田さんとなるため、不動産の管理・処分権等があることは公示されるので売買契約の相手方も安心して取引をすることができます。
また、父親が元気なうちは山田さんが勝手に自宅を売却してしまわないように一定の制限を設けることや、司法書士等の専門家が信託監督人として受託者を監督するような信託契約にすることもできます。