「負債があったら困るから…」安易な念慮が招いた悲劇
【事例】「相続放棄」のリスクを知らず大損害を被った一家
Aさんが死亡しました。相続人は妻のBさん、長男Cさん、次男Dさんです。Aさんの遺産は自宅の土地建物の他、預貯金が数千万円あります。自宅には今後も妻Bさんが住み続けます。Cさん、Dさんはそれぞれ実家を離れて生活しているため、異論はありません。
話し合いはスムーズに進み、自宅の名義はBさんにすることになりました。預貯金に関しても、今後のBさんの生活のことを考え、今回の相続では、CさんとDさんはすべてをBさんに相続させることにしました。
通常なら、ここで相続人の間で遺産分割協議をして手続きを進めるのですが、Cさんは法学部出身で少し法律をかじっていた経験から、ふとあることが頭をよぎりました。
Cさん「なあ、俺たち兄弟は相続放棄したほうがいいんじゃないか」
Dさん「相続放棄? 親父に借金はなかったと聞いているが…」
Cさん「誰かの連帯保証人になっているかもしれないだろう。俺たちは今回お金をもらっていないから、あとから負債が発覚したら困るぞ」
Dさん「なるほど、確かにいうとおりだ。どのみち遺産は実家の不動産だけだし、それもお袋の名義にするわけだしな。念のため手続きしておこうか」
CさんとDさんはさっそく裁判所へと赴き、相続放棄の手続きを済ませてしまいました。
「相続放棄」は、負の遺産から相続人を救う制度だが…
相続が発生すると、被相続人に属するプラスの財産(遺産)もマイナスの財産(負債)もすべて相続人へ承継されます。遺産や負債を承継する人や割合は民法で定められています。負債には銀行等の金融機関からの借入金のようなものから、誰かの連帯保証人になっているような場合の保証債務も含まれます。
遺言書がないとき、相続人が複数名いる場合は、相続人全員の話し合いである「遺産分割協議」によってどの遺産を誰が相続するのかを決めることになります。
遺産分割協議で、誰が遺産を承継するかという合意は相続人を含めて対外的にも有効なのですが、マイナスの財産である負債の承継の合意となると、そういうわけにはいきません。なぜなら、相続人の都合で相続人以外の権利を侵害することはできないからです。
たとえば、もし今回の事例でAさんが銀行に1億円の借金があって、二男Dさんは無職で収入がなかったとします。その際、相続人同士で結託して、負債をすべてDさんに相続させるような遺産分割協議がなされ、これが対外的に有効とすると銀行は非常に困ったことになります。
借金は、お金のあるところから回収することはできますが、ないところから回収することはできません。もちろん、無職で収入のない人間から借金を回収することは不可能です。ですから、債権者に関係のないところで、勝手に債務者を誰かと決めるような遺産分割協議は対外的な効力がないのです。
負債をどうしても相続したくない場合、今回の事例でCさんとDさんが行ったように、家庭裁判所に申述する「相続放棄」を行う必要があります。相続人のみで話し合う遺産分割協議だけでは、負債を相続しないとすることはできないのです。ちなみに、相続放棄をした場合は、プラスの財産である遺産も相続することができなくなります。おいしいところだけを持っていくことはできません。
Cさんはこういったことを知っていたので、父親に万が一負債があった場合を想定し、家庭裁判所に相続放棄を申述したのです。
しかし、相続放棄の効果は非常に強力です。本件では、相続放棄のリスクを知らなかったために、ある重大な問題を引き起こすこととなってしまいました。