跡継ぎを期待された弟は家を飛び出し、行方不明に
医師のS川さんが相談に見えました。S川さんの父親は、昭和40年代に化学処理の会社を設立し、経営をしてきました。業績も順調で会社の資産も増えてきたので、父親は子どもに跡を継がせたい気持ちが強かったようですが、長男のS川さんは医療の道へ進んだため、次男に跡継ぎとしての期待をしていたとのことでした。
ところが、次男は厳格な父親に反発して実家を飛び出し、金融関係の会社に就職したのですが、ほどなく消費者金融に借金をして蒸発。父親は「親子の縁を切る」と怒り心頭だったとのことです。その後、10年以上経った現在も弟は音信不通のままで、父親が急死したことを知らせるすべもありません。
弟が蒸発したあと、S川さんのいとこが会社の後継者となり、父親は株の所有を残して経営権を譲ったそうです。
被相続人:父
相続人 :3人(母、長男・相談者〈相談者〉、次男〈行方不明〉)
●顧問税理士は「手続きの仕方がわからない」と関わりを拒否
S川さんの父親が亡くなり、会社の顧問税理士に相続の申告をお願いするつもりで、行方不明の弟のことも相談してみましたが、手続きの仕方がわからないと突き放され、アドバイスすらもらえませんでした。
仕方なく自分で家庭裁判所に出向いて確認すると、財産管理人を選定しなくてはいけないとのことで、税理士に財産管理人になってもらいたいと改めて相談したところ、それも引き受けられないとのつれない返事で、すっかり信頼をなくしてしまいました。困ったS川さんは相談先を探すうち、筆者の事務所を知ったとのことでした。
初めての打ち合わせの際、S川さんは「自分で手続きの仕方を調べてはみたものの、複雑で先が見えず、とても期日に間に合う気がしない」と、ひどく心配されていました。
「顧問税理士とギクシャクする前に頼むべきでした…」
●分割の工夫で納税を「ゼロ」に
S川さんとしては、会社の株式等はいろいろと面倒なことがあるかもしれないと考え、一部は自分名義にしてもいいという気持ちでした。しかし、行方不明の弟さんのことさえめどをつけておけば、ほかに争う相続人もいません。よって今回は、配偶者の特例を最大限に利用するため、配偶者(S川さんの母親)が全財産を相続するようにして、納税なしにしました。
●家裁へ財産管理人の選定申し立て
財産管理人は筆者が引き受けることにし、司法書士を通じて家庭裁判所への手続きをしました。まず財産管理人選定の申し立て、次に遺産分割協議の申し立てと二度家庭裁判所に審判を下ろしてもらい、3ヵ月程度の期間で手続きは無事完了しました。
●弟へも財産を確保
家庭裁判所からは弟の法定割合分の財産を分けるように指導がありました。そのため、法定割合程度の預金を行方不明者のために残し、財産管理人が管理することにして了解を得ました。
相続実務士の視点
医師であり、ただでさえ多忙なS川さんは、相続の知識がまったくなく、自分ひとりで動いていたときには、疲労のあまり倒れそうになったそうです。筆者のもとへ相談に来られてから、間を置かずに今後のスケジュールと財産の評価を提示すると、「本当によかった、こんなことなら顧問税理士とギクシャクする前に頼むべきでした」とおっしゃっていました。
相続の手続きがあまりに大変なため、将来のことをゆっくり考える余裕もなかったそうですが、ようやく精神的なゆとりが出てきたとのことでした。
そう遠くない将来に二次相続の対策が必要なことも認識されており、母親の住む家のすぐ近くに自宅を建てる際、母親名義として現金で土地を購入し、資産の圧縮も実行されました。このように、前向きな取り組みをしていただけるのは、筆者としてもうれしい限りです。