土地持ちの父親が亡くなり、自宅以外にも多くの資産が残されました。なかでも預貯金は、両親が長年にわたる倹約を重ねて積み上げたもの。相続税課税を恐れた母親は「タンス預金」を試みますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

地主の父が亡くなり、相続発生

今回の相談者は、50代会社員の山田さんです。父親が亡くなり、納税について不安があるということで筆者の元を訪れました。

 

山田さんの父親は地主の家系の出身で、自宅不動産のほか、近隣に保有する4カ所の貸し駐車場を運営して生計を立ててきました。駐車場は100台以上とのことです。

 

「父は大変な倹約家で、家族に無駄遣いを許しませんでした。母はさらに輪をかけた倹約家で、貯金が趣味のような人です」

 

父親の相続人は母親、長男の山田さん、そして妹の3人です。

高額な相続税を恐れ、父の預貯金を別口座へ移動し…

両親は生活を切り詰める一方、毎月の賃貸収入はひたすら積み上がっていきました。山田さんと妹は、そんな両親に息苦しさを覚え、大学を卒業するとすぐ両親のもとから離れ、ひとり暮らしをするようになったそうです。

 

「両親は私と妹を私立の大学に通わせてくれましたし、奨学金もありません。もちろん、お小遣いはすべてアルバイトでしたが…。私も妹も、決して浪費家ではないのですが、でも、たまには友人と出かけたり、おいしいものを食べたりしたいじゃないですか。大学時代に友達と過ごして自由を知ってしまったため、両親との生活に息が詰まってしまい…。2人とも就職して家を出てしまいました」

 

山田さんと妹は、大学卒業後、数年で結婚。妹は隣県に嫁ぎ、一方の山田さんは、仕事の都合で関東近郊を数年ごとに転勤する生活をしていましたが、父親が弱り始めてから会社に部署の転属願を出し、両親のサポートのため、夫婦で実家に同居しています。

 

山田さんの父親は、80歳を過ぎたあたりから体調を悪くし、たびたび入院するようになり、そこから母親は一層、資産管理に力を入れるようになりました。

 

またそのころ、相続を経験した親族から「まとまった預金があると、多額の相続税が課税され、大変なことになる」と教えられ、母親は税金におびえるようになったそうです。

 

「母は、父名義の預金にかかる相続税を、ひどく心配していました。そのため、コツコツ預金を下ろしては、母名義の口座に移し替え、さらに一部を自宅にも置いているようなのです」

 

それから数年後、山田さんの父親は次第に体が弱り、自宅で脳梗塞を起こしたことがきっかけで、亡くなったそうです。

 

「父が亡くなったあと、母は税金を心配しすぎて、パニック状態になってしまって。私は妹と一緒に、父の預金通帳を見ながら相続税の計算をしてみましたが、どうしても自信がなく…。毎年の確定申告も父親がやっていたので、相談できる税理士さんもいないのです」

 

山田さんが筆者の事務所に訪れたのは、申告期限まで2カ月を切ったタイミングで、ほとんど余裕がありませんでした。そこで、筆者と提携先の事務所の税理士は、すでに時間がないことを説明して理解いただき、速やかに委任状を書いてもらうと、早速作業に着手しました。

移動させた父親の預金は「5000万円」

税理士が通帳を確認すると、母親は数年にわたって5000万円の預貯金を下ろしていました。何年にもわたって倹約し、せっかく積み上げた預貯金ですから、相続税を払いたくない気持ちはわかります。しかし現在では、預金は真っ先に税務調査の対象となります。そのため、家族名義の預金は相続財産としていちばんに調査・指摘されるのです。また、いくら隠したとしても、金融機関を当たられたら、すぐにバレてしまいます。

 

税理士は山田さんに、余分な追徴金や重加算税を払わないためにも、下ろした預金は相続財産としてすべて申告するよう説明しました。

 

生活費や入院費用程度で説明がつく金額ならともかく、母親が数年かけて引き出した預貯金の額はあまりに多すぎ、言い逃れができそうにありません。

「土地の評価」と「分割方法」で節税を検討

その代わり、土地の評価等から節税ができないか検討しました。現在の自宅の土地は200坪程度ですが、半分は自宅、半分は貸し駐車場となっているため、それを分けて申告し、課税額を減額するようにしました。

 

妹が相続したいと希望した駐車場以外は、山田さんと母親で割り振り、母親の相続対策ができるように、貸し駐車場を中心に相続してもらいました。

 

自宅は山田さんが相続し、小規模宅地等の特例は山田さんが受けるようにしました。

 

この結論を引き出すまでには、どの配分がいいかじっくり検討し、何度も試算を重ねました。

 

山田さんは、筆者と税理士の説明をしっかりと受け止め、理解してくださったおかげで、限られた時間のなか、手続きはスムーズに終わりました。また、潤沢な現預金があったことも幸いしました。

 

山田さんと、後半の話し合いから参加された妹さんも、それぞれ慎重なお人柄であり、だからこそ財産を最大限守る相続が実現できたといえるでしょう。

 

これからは、受け継いた資産を活用しながら、お母さまとともに、ゆとりある人生を送っていただきたいと思っています。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

本記事は、株式会社夢相続が運営するサイトに掲載された相談事例を転載・再編集したものです。

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