三重苦に見舞われた証券業界がみせる「幻想」
◆ドルコスト平均法はノーベルセールストーク賞
「若いうちはリスクを取れる」をはじめ「投資の常識」とされるものは多様にありますが、本記事では、今や投資の王道のような扱いをされている「ドルコスト平均法」について述べていきます。年金不安から自助努力で資産形成をしようとする人たちの多くがこの手法を使おうとしているので、「ドルコスト平均法」に対する理解を深めることはとても重要です。
資産形成を目指す人たちの多くが使うこの「ドルコスト平均法」ですが、知名度が高い割には正しく理解されているとはいいがたい状況にあります。
気になることは「ドルコスト平均法」で長期積立運用をすれば目標を達成できるかのような説明をする人や、そのように思い込む投資家が多いところです。
今や押しも押されもせぬ「投資の常識」の横綱の一つになっている「ドルコスト平均法」ですが、「投資の常識」に躍り出たのはやはり1990年のバブル崩壊後からです。それは、この考え方がバブル崩壊によって苦境に陥った証券業界にとってとても好都合だったからです。
1989年末に日経平均の史上最高値3万8915円を記録した株式市場は、1992年8月には1万4308円と、3年も経たない間に半値以下まで下落するという未曽有の大暴落に見舞われました。このバブル崩壊は投資家の資産を大きく棄損させたのと同時に、証券会社の経営にも大きな打撃を及ぼしました。
株価の急落によって証券会社は「手数料収入の減少」「信用取引縮小に伴う金融収入の減少」「自己勘定で保有する株式などの評価損」という三重苦に陥ることになったからです。
苦境に陥った当時の証券業界最重要課題は、何とか投資家を呼び戻して株価を、そして株式市場の活況を取り戻すことでした。
「貯蓄から投資へ」というスローガンも、「若いうちはリスクを取れる」という「投資の常識」もそのために絞り出されたものでした。しかし、いくら「貯蓄から投資へ」というスローガンや「若いうちはリスクを取れる」という「投資の常識」を繰り返しても、凍てついた投資家の心を溶解させることはなかなかできませんでした。
株式市場が波乱の展開をみせる中で投資家に期待を持たせ、その背中を押すために「押し目買い」という旧態依然とした投資に替わる新時代の投資方針が必要だったのです。そうした中で脚光を浴び始めたのが「ドルコスト平均法」というものでした。
「長期投資」という大義名分を知った証券業界
◆証券業界にとってはまさに救いの神だった
いつの時代でも、投資資金は株価が上昇基調にある局面では自然と利益を求めて株式市場に流れ込んでくる一方、株式市場が下落基調に転じると潮が引くがごとく減ってしまうものです。バブル崩壊によって多くの投資家が大きな痛手を被った1990年代は下落局面にあり、こうした傾向が一段と顕著になりました。
株価が安い時に買い、上昇した時に売るというのが株式投資の王道ですが、バブル崩壊によって多くの投資家が傷付いたこの時代には、株価が下落した際に買いに出る投資家がほとんどいなくなっていました。それは、多くの投資家がバブル崩壊によって損失を被っただけでなく、バブル崩壊前まで「投資の常識」であった「押し目買い」が新たに多数の被害者を生んでいったからです。
「押し目買い」が新たな被害者を生み出していったことで、いくら証券会社の営業マンたちが「押し目買い」を勧めても、顧客は反応しなくなってしまいました。
株価下落局面で投資資金を集められなければ株価下落に歯止めをかけられませんから、それがさらなる投資家の減少を招くという負の連鎖を生んでいたため、株価下落局面で投資資金を集めることが証券業界にとって急務だったのです。
そこで持ち出されたのが「ドルコスト平均法」という投資手法でした。長期投資を前提に、短期的な相場状況にかかわらず毎月一定額を投資するという投資手法は、長期投資に加え株価下落局面での投資もしてくれる投資家を探していた証券業界にとっては救いの神でした。
長期投資を目標に、株価下落局面でも投資してくれる投資家を生み出す「ドルコスト平均法」は、「証券業界にとってノーベルセールス賞」といえるものだったのです。
【第5回】 投資の常識「若いうちはリスクを取れる」に対する壮大な誤解
【第4回】多くの日本人が「貯蓄から投資へ」に感じてしまう奇妙な違和感
【第3回】だまされ続ける日本人「政府と金融業界のカモ」を抜け出せない
【第2回】年金「14兆8038億円」を損失し、知らぬふりする政府の魂胆
【第1回】国民の税金「161.7兆円」を運用する「GPIF」、知られざる罪
近藤 駿介
金融・経済・資産運用評論家