「阿鼻叫喚」1000億円超の大規模ファンドの解約
「ドルコスト平均法」を「投資の常識」にまで引き上げたのは毎月の積立投資、長期投資を謳う独立系投資信託会社の登場でした。
新たに登場してきた独立系投資信託会社は、投資家の信頼を得られるような運用実績を持っていたわけではありませんでしたが、既存の証券会社やその系列の運用会社に対する信頼が地に落ちた時期だったこともあり、新しい投資家層から一定の支持を獲得することに成功しました。
また、毎月一定額を機械的に積立投資する「ドルコスト平均法」は、大きな資本や人材を持たない独立系投資信託会社にとっても営業面だけでなく、運用面でも都合のいい考え方だったのです。
営業面においては、毎月一定額を機械的に投資していくので、従来の証券会社のように多数の営業マンを抱える必要がありませんから、会社運営において固定費が少なくて済むようになり経営の安定性を保ちやすくなったのです。
また運用面では、積立による長期投資を謳うことで短期的なパフォーマンスを問われなくなったことに加え、株価が下落した局面では多くの株数を取得できるため、運用成績を安定させることも可能になったのです。
1990年のバブル崩壊後の投信業界は、バブル崩壊以前に設定され解約期間を迎えたファンドから大量に資金が流出する一方、バブル崩壊後は新規ファンドの設定がままならない状況に陥りました。
筆者の所属していた業界最大手の投信会社でも、バブル崩壊前に設定された1000億円を超える大規模ファンドが連日解約に見舞われる一方、新規設定されるファンドは数十億円、酷い時には数億円といった大規模な解約超過状態に陥っていました。
1000億円を上回る大規模ファンドの大量解約資金を確保するために保有資産を売却し続ける中で、規模が1割にも満たない小規模ファンドの運用成績を確保するのは現実的に不可能なことでした。株価の下落によって新規資金が入ってこないため、大幅な資金流出超過の中で運用しなくてはならない状況に追い込まれたこともバブル崩壊後急速に投信のパフォーマンスが悪化した大きな要因の一つでした。
営業マンを含めた人の相場観に基づいた商品、営業戦略が主流の場合、相場上昇局面では大量の投資資金が流入し、相場が低迷すると新規資金流入は大幅に細ってしまうという傾向が強まるため、「高値で買って、安値で買えない」、場合によっては「高値で買って、安値で売る」という状況に陥りやすくなります。これでは運用成績が安定することなど望むべくもありません。
これに対して機械的に一定金額を投資する「ドルコスト平均法」では、相場状況に関係なく一定のルールに従って投資をするため、相場観に基づいた投資に比較して大儲けはし難い反面、運用成績を安定させやすいのです。また、単位型投信と追加型投信とでは求められるリターンやパフォーマンスの測り方が異なってくることも重要な要素でした。
証券会社が「投資信託の乗り換えを勧めていた」狙い
単位型投資信託では、運用期間と解約ができないクローズド期間があらかじめ決められているので、求められるパフォーマンスは投資家の求めるリターン、つまりプラスのリターンを出すことになります。それは、運用開始時期と解約ができない期間があらかじめ定められているなど投資家の自由度が制限されているがゆえに、運用会社やファンドマネージャーが顧客の求めるリターンを確保するという責任を負う必要があるからです。
そして単位型投資信託の場合、運用会社とファンドマネージャーにプラスのリターンを求めてくるのは投資家だけではありません。その投資信託を販売する証券会社も営業上の理由からプラスのリターンを強く求めてきます。
例えば運用期間5年、解約ができないクローズド期間3年という単位型投信の場合、この投信を販売する証券会社はクローズド期間が終わったら顧客にその投信の解約と新たに設定される投信の購入、つまり投資信託の乗り換えを勧めるのが単位型投信主流時代における「証券会社の常識」でした。
その「証券会社の常識」を販売会社と共有している運用会社も、運用期間5年、クローズド期間3年という単位型投信の場合、実質運用期間は3年という「短期運用」であることを前提に運用していました。クローズド期間である3年が経過すると資金の大部分が解約によって流出することが分かっていたからです。
したがって、クローズド期間が終わる3年後の基準価額の水準が、投資信託の乗り換えをスムーズに進められるかどうかという点において極めて重要だったのです。クローズド期間明け時点の基準価額が好調であれば投信の乗り換えがスムーズに進み、証券会社には手数料が入り、運用会社は運用資金の維持、拡大が可能になるからです。
反対にクローズド期間が終わる3年後に基準価額が大きく下落していて解約をすると大きな損失が生じてしまう場合には、乗り換えが進まないため証券会社は販売手数料を得られず、運用会社も運用資産の流出に見舞われることになるのです。
「短期的な動きには一喜一憂しない」姿勢を貫く罪
単位型投資信託に対して、解約ができないクローズド期間がなく、いつでも設定と解約が可能な追加型投信では、運用パフォーマンスを決めるのは投資家自身になりますから、特定の時点での基準価額の水準の重要性は単位型投資信託に比べてはるかに低くなります。それは、追加型投信は投資タイミングや期間などは全て投資家の判断に委ねられるため、基準価額の下落は投資家に押し目買いをする機会を与えることにもなるからです。
そのため、運用会社とファンドマネージャーに求められる運用成績は、東証株価指数(TOPIX)などあらかじめ決められたベンチマークを上回る運用成績を上げられるかという「相対パフォーマンス」になるのです。
さらに、運用期間が10年、20年といった長期投資を前提に「ドルコスト平均法」で追加型投信に投資する場合、2年、3年といった短期間のパフォーマンスは「長期投資」という名の下にそれほど重要視されない傾向にあります。
政府が公的年金を運用する自称「世界最大の機関投資家」であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が多額の損失を計上しても「短期的な動きには一喜一憂しない」という姿勢を取り続けているのはこうした傾向の代表例だといえます。
運用成績が安定しやすい上に、短期的なパフォーマンスの変動が重要視されないなどの運用評価上のメリットなどもあり、「ドルコスト平均法」を利用した資産形成は2000年前後から「投資の常識」としての地位を固めていったのです。
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近藤 駿介
金融・経済・資産運用評論家