国民の公的年金資金を管理運用する「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)」。その規模は、2019年6月末時点で「161.7兆円」にも上り、安倍総理が「世界最大の機関投資家」と豪語している。そして同年、年金の健康診断とも称される「財政検証」の結果、GPIFが、保有資産を売却する可能性が浮上した。元野村投信のプロファンドマネージャーで、現・金融経済評論家の近藤駿介氏は、『202X 金融資産消滅』(KKベストセラーズ)にて、GPIFの功罪を指摘している。

「年金2000万円不足問題」の裏に潜む「GPIF」の罪

◆ほとんど語られないGPIFの運用

 

「公的年金2000万円不足問題」により、公的年金に対する不安が高まったことで、若い人たちを中心に「公助から自助へ」という考え方が芽生え、投資に対する関心も高まってきているようです。こうした動き自体は長年「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げてきた政府にとって喜ばしい動きかもしれません。

 

しかし、それは日本の年金制度は「100年安心」と繰り返してきた政府の言葉を信じる者がほとんどいなくなったことの裏返しでもあることを考えると、政府にとっては危機的な状況になってきているともいえます。

 

公的年金に対する不信感が拭えない一つの要因は、制度やお金の流れが複雑でよく分からないことです。

 

最近は「公的年金2000万円不足問題」が燻り続けるなかで、年金の健康診断と称される5年に一度の「財政検証」が行われたこともあり、将来の給付額などについては多くのメディアが専門家を呼んで解説を加える場面も散見されるようになりました。

 

しかし、公的年金の運用に関してたびたびメディアを賑わせているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が公的年金制度の中でどのような立ち位置にいるのか、GPIFがどのような運用をしていて、それが金融市場にどのような影響を与えているのか、そして今後どのような影響を及ぼしていく可能性があるのかという、運用上の問題や課題についてはほとんど紹介されることはありません。

 

本連載では「100年安心」といわれる日本の年金制度の中で、GPIFの立ち位置や、その運用収益がどのように将来の年金給付に関係してくるのか、さらにはGPIFの現状がどうなっていて、今後金融市場にどのような影響をもたらすのかを中心に考えてみたいと思います。

国家予算を上回る運用額「161.7兆円」への違和感

◆GPIFとは何だ

 

GPIFは、公務員の共済年金を除いた、サラリーマンや個人事業主などの公的年金を管理運用する機関です。

 

GPIFが管理運用する資産額は2019年6月末時点で161.7兆円と、2019年度の国家予算102.6兆円を上回る大規模なもので、安倍総理はたびたび「世界最大の機関投資家」と豪語しているほどの巨大な運用資産を持つ機関です。

 

GPIFが管理運用する資金規模がどうして国家予算を上回るような規模に膨れ上がったのかというと、年金には保険料の徴収と年金支給の間に時間的ラグがあるからです。その前身は1961年に設立された年金福祉事業団で、特殊法人改革などを経て2006年にGPIFという独立行政法人となり、年金資金の管理運用を引き継いでいます。

 

日本の年金制度は「賦課方式」と呼ばれ、現役世代が支払う年金保険料と税金によって年金世代への支払いを行う方式を採用しています。この「賦課方式」は、現役世代の数が多く、徴収する年金保険料総額が年金世代に支払う給付金総額を上回っている時には、この差額が年金運用資産として積み立てられていきます。

 

GPIFの前身である年金福祉事業団が誕生した1961年といえば、日本が高度成長に向かい始めた時代で、戦後の1947年から1949年に生まれた「団塊の世代」が、経済成長の牽引役を果たしていた時代でした。

 

最も人口の多い「団塊の世代」が経済成長を牽引していたこの時代は、年金保険料を納める現役世代の人数が、年金を受け取る年金世代よりも格段に多かった時代でもありました。国が発表している資料でも、年金福祉事業団が設立された直後の1965年は、20〜64歳の現役世代の人口は、年金世代である65歳以上の人口の9.1倍だったと記されています。

 

現役世代が年金受給世代の9.1倍もいましたから、現役世代から徴収した年金保険料から年金給付をしても、当然の如く多額の資金が残ることになりました。こうして残された資金が年金積立金としてプールされていったのです。

 

この年金積立金は、グリーンピアという年金保養施設などへの杜撰な投融資などで2000億円近くが消滅するなどの紆余曲折を経て、2006年にGPIFに引き継がれていったのです。

 

グリーンピア事件を経て、GPIFが誕生した
グリーンピア事件を経て、GPIFが誕生した

 

現在安倍総理が、GPIFを「世界最大の機関投資家」と自画自賛するほどの多額の運用資産を管理運用しているのは、これまで年金世代が少なく、現役世代から徴収してきた年金保険料が貯まってきたからにほかなりません。

税金の「3.2兆円」が基礎年金支給の財源に回された

◆公的年金制度の中でのGPIFの立場

 

日本の公的年金は「賦課方式」を採っていますので、高齢化社会が進展している今でも、現役世代から徴収した年金保険料を年金世代に給付する年金に回しています。ここで、現役世代の皆さんが負担している年金保険料がどのように流れていくのかについて簡単に説明しましょう。

 

現役世代の皆さんから年金保険料を徴収したり、年金世代への年金給付の事務を行ったりしているのは、政府から事務委託を受けている「日本年金機構」です。読者の皆さんの手元にも毎年誕生月に「日本年金機構」から「ねんきん定期便」が送られてきていると思います。この「日本年金機構」は、年金不安のきっかけを作った「消えた年金問題」で批判を受けた社会保険庁の廃止に伴って2010年に発足した新しい組織です。

 

そして、日本年金機構が現役世代から徴収した保険料と年金給付金などは国に送られ、一般会計から独立した「年金特別会計」で管理されることになっています。

 

また、1985年に基礎年金制度が導入されて以来、基礎年金給付には税金が投入されており、現在は基礎年金給付に必要な額の2分の1をこれで賄っています。この年金給付の財源となっている税金も「特別会計」に入れられています。つまり、支給されている年金給付金は、現役世代が収める年金保険料と税金を財源として支払われているのです。

 

2017年度で見ると、年金給付総額約51兆円の財源の内訳は、現役世代が収めている年金保険料総額40兆円弱と税金11.8兆円になっています。

 

ちなみに、この年金給付の財源には消費税の一部が使われています。これが少子高齢化によって社会保障費が膨れ上がることを理由に、消費増税を正当化する根拠の一つとなっているのです。

 

2014年4月に消費税は5%から8%へと3%引き上げられましたが、消費増税に伴う増収分8.4兆円のうち4割近い3.2兆円が基礎年金の財源に回されています。また、消費税8%は国税6.3%と地方税1.7%に分けられていますので、この時の消費増税に伴う国税増加分は6.4兆円でした。

 

つまり、国税に限れば、3%の消費増税に伴う増収分6.4兆円の5割に相当する「3.2兆円」が、基礎年金支給の財源に回された格好になっているのです。

厚生年金保険料率は引上げが難しい水準まで達した

基礎年金の給付額の2分の1を税金で賄うようにしたのは、税金を投入しないと現役世代から徴収する年金保険料がどんどん上昇してしまうからです。

 

現在サラリーマンが加入する厚生年金の保険料は月額報酬(正確には「標準報酬月額」)の18.3%で、それを本人と企業側がそれぞれ9.15%ずつ折半で負担しています。現在の18.3%という厚生年金保険の料率は、2017年まで毎年引き上げられることを定めた2004年の政府の年金改革で国が決めた上限の保険料率で、今後はこの保険料率が維持されることになっています。

 

つまり、厚生年金保険料率はもう引き上げることが難しい水準まで引き上げられているのです。それは、今後増え続ける年金給付の財源を確保するためには、税金を投入するしかないということでもあります。

 

ともあれ、基礎年金給付額の2分の1を税金で賄うことになっていることで、「年金特別会計」は収入が支出を上回る形を保っています。そしてこの「年金特別会計」の黒字部分がGPIFへ寄託されることで、GPIFの運用資産は膨れ上がっているのです。

 

GPIFの「2018(平成30)年度業務概況書」によると、2018年度には「年金特別会計」からGPIFに対して1兆6283億円が寄託され、運用収益などの一部7300億円がGPIFから「年金特別会計」に納付された格好となっています[図表]。このGPIFから「年金特別会計」への納付金は、年金給付などに使われています。では、日本の公的年金資金の運用を行っているGPIFの運用はうまくいっているのでしょうか。次回、解説してきます。

 

出典:GPIF「2018(平成30)年度 業務概況書」2019年7月5日 注:「運用手数料等」は、運用手数料のほか業務経費や一般管理費等を含んでいます。運用手数料等の費用については、発生した年度の費用として計上しており、同様に、収入についても発生した年度に計上しています。これらについては、計上した年度には運用資産額は必ずしも増減せず、支払いもしくは受取りが行われた年度に運用資産額が増減することになります。
[図表]国産納付寄託金の増減等 出典:GPIF「2018(平成30)年度 業務概況書」2019年7月5日
注:「運用手数料等」は、運用手数料のほか業務経費や一般管理費等を含んでいます。運用手数料等の費用については、発生した年度の費用として計上しており、同様に、収入についても発生した年度に計上しています。これらについては、計上した年度には運用資産額は必ずしも増減せず、支払いもしくは受取りが行われた年度に運用資産額が増減することになります。

 

 

 

近藤 駿介

金融・経済・資産運用評論家

 

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