多くの中高年が直面する「親の介護」問題。老人ホームへの入居に抵抗を持つ人も多く、「親の面倒は子どもが見るべき」と親族一同考えがちだ。しかし、フリーライターの吉田潮氏は、著書『親の介護をしないとダメですか?』(KKベストセラーズ)にて、「私は在宅介護をしません。一切いたしません」と断言する。親孝行か、自己犠牲か。本連載では、吉田氏の介護録を追い、親の介護とどう向き合っていくべきか、語っていく。

 

でも、病院で認知症の検査は受けていない。検査にどれくらい意味があるのか、私にはわからない。認知症と診断されても、特効薬があるわけでもない。軽度認知障害なら薬で進行を止められると聞いたことはあった。ただ、父は降圧薬など5種類も服用中なので、これ以上薬漬けにしたくない。

 

今思うと、検査を受けさせるべきだったのか? 世の中はそんなにきっちり線引きするものなのか? 介護認定は早めに申請すべきだが、認知症と断定すべきかどうかはケースバイケースではないかと思う。

 

つまり、父は正式には認知症ではない。でも、「自立不能な人」であることを家族で認識して、共有した。それでいい。ちなみに預貯金は無事で、母がすべて管理することになった。

認知症が進み「数ある選択肢」に気づけなくなっていく

◆父、出かけたまま不法侵入

 

実は10年以上前に、私はある取材で「成年後見人制度」を知った。両親がボケて管理できなくなる前に、私が後見人になるという提案をしたところ、父は怒りで黙りこみ、母には「親を馬鹿にして!」とひどく叱られた。決して非情な提案ではなかったと思うんだけどなぁ。

 

さて。要支援1の父はリハビリデイサービスを続けてはいたものの、脚力が回復する兆しはまったくなかった。そして、再び事件は起きた。2016年夏。父の携帯電話から着信。出てみると、知らない男性の声。

 

「〇〇製作所のSと言います。実はうちの敷地内で座り込んでいて……」と言う。父は倒れているのではなく、座り込んで動けない状態だというのだ。場所は父の自宅から徒歩5分の工場である。

 

電話を父に代わってもらい、「歩いて家に帰れ」と諭してもなんだか要領を得ない。Sさんに「敷地の外に追い出すか、タクシーに乗せるか、救急車を呼んでいただけますか?」とお願いするも、本人が大丈夫と言っている場合は救急車も来てくれないし、タクシーもつかまらない。話には応じるがまったく動かない父に、困り果てているという。

 

母の携帯にかけても、留守電で通じない。私が迎えに行くしかないのかと準備し始めたところで、母から電話が。

 

「お父さんが同期の友人と会うって言うから、私は買い物に行ってたの。でも家の前のバス停で降りられずに終点まで行っちゃって。帰り道に疲れて工場の前で動けなくなったの」

 

バス停で降りられなかったのは認知の問題ではなく、身体機能の衰えだ。動作が遅くて間に合わなかったのだろう。でも終点まで行ってしまった後、そこからまた乗って戻るとか、タクシーを拾うとか、普通なら考えるだろう。

 

父は自分の脚力が弱っていることを認識できず、「歩いて帰る」という間違った選択をした。真夏に。ものすごい上り坂なのに。結局母が迎えに向かったが、体力を回復した父は自分の足で戻ってきたという。その後、母は工場に菓子折りを持って謝りに行った。

 

父の携帯には、母と家の番号を紙に書いて貼った。というのも、Sさんは私にかける前に、父の携帯の中から親族っぽい名前の人にかけたらしい。遠方に住む親戚から姉にまで電話がきたという。それ以降、父の数少ない外出を制限するしかなかった。父の友人にも、母が電話で状況を伝えた。

 

「夫は認知症で、ひとりで帰宅できません。今後は伺えないと思います」と。相手もすんなり納得。おそらく彼も、父の異変にうすうす気づいていたのだろう。

 

【次回に続く】

 

【第1回】「かってきたよ゜」父のメールに、認知症介護の兆しが見えた

【第2回】垂れ流しで廊下を…認知症の父の「排泄介護」、家族が見た地獄

【第3回】在宅介護はいたしません…認知症が家を「悲劇の温床」に変えた

【第4回】認知症介護の無力…父は排泄を失敗し、字が書けなくなった

 

 

吉田 潮

 

親の介護をしないとダメですか?

親の介護をしないとダメですか?

吉田 潮

KKベストセラーズ

多くの中高年が直面する「親の介護」問題。『週刊新潮』の「TVふうーん録」コラムニストで、フジテレビ「Live News it!」コメンテーターの吉田潮さんが、自分の父が「認知症」となった体験をもとに、本音を書き下ろしました。 …

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