投資におけるリスクとは「不確実性」のこと
資産を形成する上で、資産を運用せずに、自分の体と時間を資本に稼ぎ出す収入を増やして日々の支出を減らすことは、肉体的にも時間的にも限界があるでしょう。仮に収入を増やす能力があったとしても、せっかく稼ぎ出した純資産を運用せずに置いておくことはとても効率が悪いです。
資産を運用することで自分の体と時間を資本にしなくても、効率良く資産を殖やすことができます。この資産を運用する時に考えなければいけないのが、リスクとリターンの関係です。[図表1]のような図をご覧になったことのある方も多いと思います。国債がローリスク・ローリターン、株はハイリスク・ハイリターン、不動産投資はミドルリスク・ミドルリターンといったりもします。これは概念的な図ですが、意味を理解せずにこの図を利用して投資商品を販売している場合も多いので注意が必要です。
そもそもリスクとリターンとは何でしょうか。リターンは、〝払ったお金に対する対価〟とイメージがしやすそうです。ではリスクはどうでしょうか。リスクはデメリットとは違い、投資の際のリスクとは〝不確実性〟を指します。
例えば、[図表2]のようにハイリスク・ハイリターンといわれている株で考えてみましょう。現在1株30万円の株が値上がりするという期待をして購入するとします。1カ月後いくらになるかというのは、35万円になっていることもあるかもしれないし、25万円になるかもしれません。全銘柄の株価に影響を与えるような市場リスクもあれば、企業が業績の予測を上昇修正したり、下方修正をするなど、銘柄固有の非市場リスクもあるでしょう。
この将来の株価を当てるということは絶対にできませんが、投資をするということは、下がる確率よりも、上がる確率のほうが高いと思って投資をします。この25万円になる可能性と35万円になる可能性の幅がリスクの大きさです。30万円から株価が下がる25万円の間だけがリスクではなく、30万円から35万円に上がることも含め、将来の不確実な可能性がリスクです。ちなみに上がる可能性は、アップサイドリスク、下がる可能性はダウンサイドリスクといったりします。
このリスクのことをファイナンスでは、標準偏差(σ)という単位を使って表したりもします。このハイリスク・ハイリターンの株に対して、不動産はミドルリスク・ミドルリターンです。株よりもリターンの不確実性が低いからです。しかし、前述の株の例のように好況だった場合、不況だった場合、平常だった場合など、シナリオごとの投資額に対していくら儲かるという額を予想していることが前提です。想定するシナリオごとの投資額に対していくら儲かるという額と、投資額に対しての効率が分からずに投資をするということは、先ほどのミドルリスク・ミドルリターンには当てはまらず、ハイリスク・ミドルリターンかもしれないですし、そもそも投資として最初から成り立っていないかもしれません。
土地建物の投資商品やアパートやマンションの建築などで、業者に騙されたというニュースを散見しますが、多くの場合が最初の投資分析を適切に行わず、業者にいわれるがままに投資を行い、リスクを適切に判断できていなかったケースで起こります。不動産投資を適切に行えばミドルリスク・ミドルリターンで投資ができますので、適切な投資分析を身につけていきましょう。
表面利回りや実質利回りは初年度の収入に対しての指標
不動産投資の効率というと、販売図面などには、表面利回り〇〇%や実質利回り〇〇%という記載があるので、これを指すと想像される方もいらっしゃると思います。実はこの販売図面などに記載されている表面利回りや実質利回りという言葉は、曖昧に使われています。この言葉の定義が曖昧なことも問題なのですが、それ以前に、この表面利回りや実質利回りは初年度の収入に対しての指標でしかないということに気をつけなければいけません。
[図表1]で示したリターンの判断は初年度にいくら儲かるかではなく、投資としていくら儲かるかだとお話ししました。株で想像していただくと、配当だけを考慮してリターンを考えても意味がないことが容易に判断できるのではないでしょうか。不動産も同じです。例を用いて、初年度の収益だけを考えるとどうなるのか見てみましょう。
例えば、1000万円の区分マンションで実質利回りといわれるものが6%のものと、1000万円の太陽光発電の投資で利回り8%と書かれている投資を比較して考えてみましょう。
太陽光発電は屋上などに設置するタイプで、それ自体を売買できるタイプ(土地を買って設置を行うタイプ)ではないことを前提とします。数字としては、太陽光発電のほうが良い投資に見えますよね。この太陽光発電のソーラーパネルの20年が寿命だとして、その時点での投資の結果を比較してみましょう。
[図表3]は、20年間の太陽光発電と区分所有マンションの投資を比較したものです。0年目というのは1000万円の初期投資額を指し、お金の流れを単年度と累積額に分けています。太陽光発電のほうは、1000万円の8%の収益が継続することを前提とし、区分所有マンションは、1年ごとに家賃が0.5%ずつ下落して、20年後には、当初購入時よりも築年数が古くなっているので、売却時の利回りにプラス1%しないと売却できない(価格が下がる)という想定です。
途中の収益しかない期間は、当然利回りとよばれるものが高い太陽光発電のほうが期中の収益は上ですが、最後の売却損益を含めると区分所有マンションのほうの累積額が上回ります。太陽光発電の寿命の20年で比較しましたが、20年目より前だと太陽光発電は転売できないので価値はゼロに対して、区分所有マンションはその時に投資家が買う利回りで不動産を売却することができます。
お金の流れの累積額で見ると最後の20年目だけ区分所有マンションだけが上回っているように見えますが、実際は、不動産はいつでも売却できるので、投資により得るお金と売却額を足すと、常に区分所有マンションへの投資が上回ります(景気が後退して大幅に売却額が下がった場合には、区分所有マンションへの投資額のほうが下回る場合もあります)。
このように、初年度の収益に対しての効率しか見ていない状態では本来の投資効率は見えてこないということが分かります。第4回のアパートやマンションの建築なども良い例です(関連記事『不動産投資で資産形成…「時価ベース」の純資産を増やすには?』参照)。2億円の初期投資額に対して800万円の営業純利益(NOI)だと、初年度は4%の効率ですが価値としては6666万円の含み損を抱えていますので、不動産の価値を考慮しないと投資の判断を狂わせます。
投資の効率を考える際に、単年度の収益に対しての効率を計るものと、投資期間全体(複数年度)で売却損益も含めて効率を計るものがあります。本記事では、単年度の収益に対しての効率を計るものを利益率と呼び、複数年度で考えるものを利回りと呼びます。この利益率の指標と利回りの指標を使い分け、正しい投資判断をしていきましょう。
表面利回り、実質利回りの「定義」を揃えるには?
まずは1年間の収益に対して効率を見ていきましょう。販売図面などでは表面利回り、実質利回りと記入されていますが、会社によって定義が違うことがあります。定義が違うということは、比較ができないということです。投資を考える際には「A銀行の金利が〇〇%、B銀行の金利が△△%なら、A銀行のほうが□□%高いからA銀行の定期預金にしよう」というような比較をしたいところですが、この〇〇%や△△%の定義が違うと比較ができない状態なので困ってしまいます。
しかし、安心してください。しっかりと定義を揃えることで比較はできます。
その定義の前に、基本的な考え方からお伝えします。
・収入÷価値=率
・収入÷率=価値
・価値×率=収入
これが基本的な考え方です。[図表4]は上の式を図で表したものです。数式で見るよりも、図で見たほうが直感的に捉えられます。
この基本式をベースに利益率を計算します。この基本式に第3回(関連記事『不動産投資のキャッシュフロー…「2つの流れ」とは?』参照)で紹介した総潜在収入(GPI)、営業純利益(NOI)、税引前キャッシュフロー(BTCF)を使います。不動産業者によって表面利回りで設定している家賃が高額になっていたり、実質利回りで固定資産税しか入れていなかったりと、定義が違うため比較できないことがありますが、このように前提が揃うと他の物件と比較ができます。以下が投資分析で使う利益率です。
■表面利回り
表面利回り=総潜在収入(GPI)÷物件価格
表面利回りは、物件価格に対する収入の規模を簡便に見るものです。
■還元利回り(キャップレート:Cap Rate)
キャップレート=営業純利益(NOI)÷物件価格
営業純利益(NOI)に対して、諸費用含めず物件価格のみが分母となります。
■総収益率(FCR:Freeand Clear Return)
FCR=営業純利益(NOI)÷(物件価格+購入諸費用)
営業純利益(NOI)に対して、物件価格と諸費用を足したものが分母となります。
■自己資金配当率(CCR:Cash On Cash Return)
CCR=税引前キャッシュフロー(BTCF)÷自己資金
自己資金に対する利益率。借入れをすることで、還元利回り(Cap Rate)とローン定数(K%)を比べて、還元利回り(Cap Rate)が上回ればプラスに、下回ればマイナスに、てこの原理がそれぞれ働き、物件が持つ力の還元利回り(Cap Rate)よりも上振れしたり、下振れしたりさせます。
*ローン定数(K%):年間負債支払額(ADS)÷借入額
[図表5]は、自己資金配当率(CCR)の式を図解したものです。物件価格1億円、営業純利益(NOI)600万円の例です。借入れをせず、全額自己資金の時の利益率の還元利回り(Cap Rate)は6%です。1億円の物件価格のうち9000万円の借入れを金利2%、融資期間30年で行ったとします。この場合、年間負債支払額(ADS)は約399万円です。
営業純利益(NOI)から年間負債支払額(ADS)を引くと税引前のキャッシュフロー(BTCF)は約201万円です。自己資金1000万円に対して201万円のリターンなので、自己資金配当率(CCR)は20.1%です。借入れをしない時の還元利回り(Cap Rate)が6%なので、借入れをすることで20.1%に利益率が上がったのです。ローン定数(K%)は金融機関側の利回りです。
還元利回り(Cap Rate)とローン定数(K%)の差をイールドギャップ(YG)といい、イールドギャップ(YG)の1.56%分が自己資金の利益率を上げています。これをレバレッジ(てこの原理)といいます。このように利益率にはいくつか種類があります。表面利回りは簡便に投資規模を確認するもの、還元利回り(Cap Rate)は全額自己資金の時の物件が持つ稼ぐ力を確認するもの、総収益率(FCR)は還元利回り(Cap Rate)に諸費用を加味したもの、自己資金配当率(CCR)は借入をした場合の自己資金に対する利益率を確認するもの、と用途によって使い分けをします。
このように各利益率が計算できるのも、第3回でご紹介した前提がしっかりと整っているからです。同じ尺度で値を出しているから、同じ尺度の利益率で比較をすることができるのです。ただし、ここで確認してきた利益率はあくまで初年度の収益に対するものであり、売却の損益は含まれていないということを忘れてはいけません。