「賃料差異」の算出で、将来の収入減を想定できる
一期間のお金の流れとして損益計算書(P/L)をご紹介しましたが、損益計算書(P/L)は実際のお金の流れではありません。実際にはお金を払っていないけど経費にできる減価償却が販売費及び一般管理費の中に含まれていたりして、実際のお金の流れとは違う数字を表しています(減価償却については後述します)。あくまで税金を計算するものと考えると理解しやすいでしょう。
本記事で紹介するのは、実際のお金の流れのキャッシュフローです。不動産投資で使うキャッシュフローと法人の財務諸表のキャッシュフロー計算書は使う趣旨が違いますので、内容も違います。その内容を確認していきましょう。
不動産投資のキャッシュフローの流れは2つあります。この中で違う点が、総潜在収入にGPIとPRIの2つがあるということです。また、GPIのほうには賃料差異という項目があります。この意味から順を追って見ていきましょう。
■総潜在収入(GPI:Gross Potential Income)
不動産が持っている潜在的な賃料収入のことです。「今現在、市場でいくらで貸せるのか」という額を表しています。あくまでいくらで貸せるのかという数字ですから、空室などは含みません。
■賃料差異
総潜在収入(GPI)と実際に契約している賃料に出る差が賃料差異です。例えば、10年前に新築で入居してくれた方の契約で、家賃に変更がなければ新築時の家賃が高く現在の賃料は下がっているということが多いでしょう。この相場の家賃と今貸している家賃の差が賃料差異です。この賃料差異を算出していると、この賃借人が出て行った場合にいくら家賃が下落するという数値が分かり、将来の収入減を想定に盛り込むことができます。
■総潜在収入(PRI:Potential Rental Income)
こちらも総潜在収入(GPI)と同じく今いくらで貸せるかということを表すものですが、現在貸している賃料との差である賃料差異は考慮していません。どちらが正しいというものではなく、用途によって使い分けて考えるのが望ましいです。
複数年度を考えるキャッシュフロー表を作成する際に「総潜在収入(GPI)を使って考えよう」と思うと家賃の下落を見込み、総潜在収入(GPI)の設定はできたとしても賃料差異を毎年設定することが難しいでしょう。賃料差異を複数年度計算するためには客観的なデータがあれば良いのですが、客観的なデータは乏しいので、賃借人がどのくらいの期間で入れ替わるのかをエリアの特性や間取りのタイプ、賃借人の家族構成などから考えなければいけません。
エリアごとにも物件ごとにも事情は違うので、複数年度で考える場合には賃料差異は考慮しない総潜在収入(PRI)を用い、シミュレーションを組んだほうが分かりやすいです。既に保有している不動産は、1年間のキャッシュフローをいかに多くするかという視点で運営や改善を行っていく必要があるので、賃料差異の分かる総潜在収入(GPI)を用いることが望ましいです。
営業純利益(NOI)を改善するにはどこを見る?
■空室損失
1年間でどれだけ空室によって家賃収入を得られないかという額です。
■雑収入
自動販売機や駐車場、太陽光発電、アンテナ設置など、家賃収入以外の収入です。
■実効総収入(EGI:Effective Gross Income)
総潜在収入(GPI)±賃料差異+雑収入、もしくは総潜在収入(PRI)+雑収入から空室損失をそれぞれ引いた額が実効総収入(EGI)です。管理会社ではなく直接賃借人からオーナーの通帳に収入が入る場合の額だとイメージすると分かりやすいでしょう。
■運営費(Opex:Operating Expenses)
管理会社に払う管理料、光熱費、固定資産税、点検費用、清掃費用、現状回復のための修繕費など運営するにあたって日常的にかかる費用。大規模修繕は含みません。
■営業純利益(NOI:NetOperatingIncome)
実効総収入(EGI)−運営費(Opex)、不動産から生まれる収益。融資を受け支払う返済額は、自己資金、借入期間、金利によって左右されますが、営業純利益(NOI)は個人の裁量ではなく不動産が稼ぎ出す収益です。不動産の投資分析では、この営業純利益(NOI)を多く用いますので、しっかり押さえましょう。
■一時金の運用益
敷金や保証金などを運用して得た利益。大きな単位の不動産でしたら考慮する場合もありますが、この項目はあまり使用することはありません。
■資本的支出(Capex:Capital Expenditure)
大規模修繕やリノベーションの費用など。長期保有をするのか、売却するので大規模修繕をしないのか、大規模修繕と合わせてリノベーションを行い価値を上げて売却するのかなど、不動産に対する戦略によって計上する額やタイミングが変わります。
■純収益(NCF:Net Cash Flow)
営業純利益(NOI)+一時金の運用益-資本的支出(Capex)。借入金返済前の収益。
■年間負債支払額(ADS:Annual Debt Service)
融資の年間支払額。
■税引前キャッシュフロー(BTCF:Before Tax Cash Flow)
純収益(NCF)-年間負債支払額(ADS)。
■税(Tax)
所得税など。
■税引後キャッシュフロー(ATCF:After Tax Cash Flow)
税引前キャッシュフロー(BTCF)-税(Tax)。
これがキャッシュフローの一連の流れです。損益計算書(P/L)でも文字だけではイメージしづらかったと思いますので、キャッシュフローも視覚的に見てみましょう。[図表1]をご覧ください。
左側の一番大きな箱が総潜在収入(GPI)です。総潜在収入(GPI)という箱の中にある賃料差異、空室損失、雑収入という箱を取り除いたものが実効総収入(EGI)の箱です。実効総収入(EGI)という箱から運営費(Opex)という箱を取り除いたものが営業純利益(NOI)の箱です。と、このような形で続いていきます。
字面で見るよりも、やはりビジュアルで捉えていただいたほうが頭に入ってきやすいと思います。キャッシュフローでもこのほうが何かを改善したいと思った時にとれる手段もイメージしやすいでしょう。
例えば、営業純利益(NOI)を改善したいとしましょう。営業純利益(NOI)の箱を大きくするにはどうすればよいのかと考えます。総潜在収入(GPI)の箱が同じでも、マイナスの項目である運営費(Opex)と空室損失を減らせば営業純利益(NOI)の箱は大きくなります。プラスの項目では雑収入を大きくしたり、そもそもの総潜在収入(GPI)の箱を大きくして、契約賃料が低い場合は総潜在収入(GPI)に近づければ営業純利益(NOI)が大きくなることが分かるでしょう。
空室対策のための手段や運営費の改善の手段を考える前に大きな方向性を決め、それを逆算して手段を考えて行ったほうが改善というプロセスはうまくいきます。
損益計算書(P/L)とキャッシュフローの関係
同じ一期間の収益と費用を見る指標なのに、目的が違うために内容の違う損益計算書(P/L)とキャッシュフローは、その違いをしっかり理解する必要があります。まずは損益計算書(P/L)とキャッシュフローの各項目の対応関係から見ていきます。
[図表2]を上から見ていくと、キャッシュフローでは総潜在収入(GPI)、賃料差異、空室損失、という項目がありますが、実際にお金が出入りしている項目ではないので損益計算書(P/L)では登場しません。キャッシュフロー上の実効総収入(EGI)は、実際にお金の流れがある項目なので対応関係を確認しましょう。不動産の賃貸経営は商品を仕入れて販売したり、工場で組み立てて販売しているわけではありませんので、売上=売上総利益になります。この2つがキャッシュフロー上の実効総収入(EGI)にあたります。次に販売費及び一般管理費が、キャッシュフロー上の運営費(Opex)にあたります。その後の項目は税引前当期純利益が税引前キャッシュフロー(BTCF)、法人税などが税(Tax)、当期純利益が税引後キャッシュフロー(ATCF)です。
このように見てみると損益計算書(P/L)とキャッシュフローは似ている点も多くあるのが分かります。しかし、損益計算書(P/L)とキャッシュフローでは構成している項目で大きく違う点があります。確認していきましょう。
■損益計算書(P/L)にはあるがキャッシュフローにはないもの
・減価償却(販売費及び一般管理費に含まれている)
■キャッシュフローにはあるが損益計算書(P/L)にはないもの
・借入金の元金返済(年間負債支払額(ADS)に含まれている)
減価償却とは、不動産の場合、土地と建物に分け、経年劣化による価値が減る建物部分を税法で決められた年数で経費として計上していくものです。[図表3]がそのイメージです。不動産を保有している際に減価償却を計上すると経費になり税金が減りますが、減った分の建物帳簿価格が減り売却時は譲渡所得税が課税されます。
借入金の元金返済とは、借入金の返済額の中に含まれる、利息の返済部分と元金のうちの元金部分のことです。この減価償却と元金返済が損益計算書(P/L)とキャッシュフローの額に乖離を作る大きな要因です。この点は複数年度で考えることが重要ですので、後ほど改めて説明しましょう。