キャッシュフローに対応した貸借対照表(B/S)とは
第1回目で、資産形成の『資産』とは、具体的に何を指し、単位は何ですか? という質問をしました(関連記事『「キャッシュフローを得ることが不動産投資を行う目的」は誤り』参照)。
不動産投資や賃貸経営を既にされている方でも、この問いに答えられる方は少ないです。マラソンでは、明確なゴールの場所が分かると距離が分かる。ではそのゴールへどのくらいの時間で着きたいか。そのためにはどのくらいのペースで走り、そのペースを達成するためにはどのようなフォームにするか。フォームを改善するためには……というようなプロセスで、大きな目標を達成するためにはどうすれば良いのかと逆算し、今すぐできることまで目標を細分化して、行動を決めていくことで目標の達成に近づきます。
スポーツにしろ、仕事にしろ、このように大きな目標を立てそこから逆算する方法で行動の計画をすると目標達成するプロセスは同じです。そのため、資産形成の資産がぼんやりしているとゴールがぼやけてしまい、取るべき方法やプロセスを間違えるどころかゴールを間違えてしまうことがあります。
資産形成の資産とは何か。ここまでで資産というと貸借対照表(B/S)に出てきた言葉でした。この貸借対照表(B/S)について考えてみたいと思います。
貸借対照表(B/S)は一般的に税理士さんなどが作成する帳簿の一つを想像される方も多いと思います。ここまでで、損益計算書(P/L)は税金の計算で使い、キャッシュフローは実際のお金の出入りだとお話ししました。ということは、一般的に貸借対照表(B/S)は損益計算書(P/L)に対応したものを想像されますが、実はキャッシュフローに対応した貸借対照表(B/S)もあるのです。
損益計算書(P/L)に対応した貸借対照表(B/S)は税金の計算などで使いますが、いくら財産があるのかという数字を正確には映し出していません。本当に殖やしたい、形成したい資産は税金の計算で使う机上の資産ではなく、現実の資産のはずです。損益計算書(P/L)に対応した貸借対照表(B/S)は机上の数字、帳簿上の資産なので簿価といいます。本当にいくらあるのかという貸借対照表(B/S)は今いくらの価値が実際にあるのかという時価をベースにしたものです。
不動産の「簿価」と「時価」を把握すべき理由
[図表1]をご覧ください。企業を分析する際や富裕層向けのプライベートバンク部門が富裕層の財産を分析する際はこのように簿価と時価を見ます。
左は、損益計算書(P/L)に対応した簿価の貸借対照表(B/S)、右は資産と負債(負債は基本的に帳簿上も時価と同じ)を時価にした貸借対照表(B/S)です。資産を時価に引き直して、時価の貸借対照表(B/S)と簿価の貸借対照表(B/S)を比べて時価ベースの貸借対照表(B/S)が上回っていれば含み益、下回っていれば含み損といいます。
時価ベースの貸借対照表(B/S)を考える際には、有価証券と不動産を換金したら今いくらになるかという評価損益を加減算することで時価ベースの貸借対照表(B/S)を考えることができます[図表2]。
不動産だけでなく有価証券も時価で考えますが、有価証券のほうがイメージしやすいと思います。有価証券を購入した時の価格で考えていたら、資産が増えているのか、減っているのか判断ができないでしょう。不動産も同じように簿価と時価は違うので時価を把握する必要があります。
試しに時価の貸借対照表(B/S)を考えずに不動産投資をして大きな損をしてしまう例を見てみましょう。
【例】所有している土地にアパートやマンションを建てる場合
所有している土地の簿価 1億円
所有している土地の時価 1億円
アパートやマンションなどの建物建築にかかる総事業費 1億円
家賃収入 1000万円
もともと1億円で売れる価値のある不動産が、帳簿上も1億円だったとしましょう。1億円の総事業費でアパートやマンションを建築し、家賃収入は1000万円とハウスメーカーはいいます。しかし、ハウスメーカーのいう家賃収入1000万円はあくまで総潜在収入(GPI)のことです。空室損失を5%、運営費(Opex)を15%として、総潜在収入(GPI)から20%を差し引いた額が営業純利益(NOI)800万円だったとします。(ハウスメーカーで建築する場合は、サブリースのケースが多いので空室損失はなく運営費(Opex)が17%位のケースも多いと思いますが、空室損失を低減するために元々の賃料を総潜在収入(GPI)より下げているケースが多いので営業純利益(NOI)はさほど変わりません)。
土地にアパートやマンションを建てる場合、帳簿上は、土地1億円、建物1億円という形で記載され、土地建物合わせて2億円となります[図表3]。
しかし、換金した際の価値はどうでしょうか。このエリアが仮に投資家が6%の利回りで不動産を購入するエリアだとしたら、
営業純利益(NOI)800万円÷6%=1億3333万円
1億3333万円の価値となります。[図表3]のように1億円で売れるはずの土地の上に、1億円の費用をかけて帳簿上は2億円の価値がある不動産の時価は1億3333万円となり6666万円の含み損を抱えるということになります。
この例のような現象は全国各地で多く発生しており、相続対策や資産形成のつもりで建築したアパートやマンションのせいで、多くの資産を失うケースが現実に起きています。サブリースや営業手法、人口減少などが、アパート、マンション建築のリスクとして取り上げられることが多いですが、そもそも不動産投資としての問題の本質はここにあります。
このように時価と簿価の貸借対照表(B/S)を捉え、資産形成の資産を時価の貸借対照表(B/S)の純資産と定義ができていることで適切な判断をすることができます。
不動産を守るために、資産を数字で捉える
不動産投資、賃貸経営を考える際に「投資手法などを考える前に資産を形成する」という定義を理解し、そのプロセスを考えることは前述の例のようにとても重要です。また、いくら資産を持っていても、資産が資産を産む状態を作らないと自分の体を資本に稼ぎ続けなければいけません。日常生活での支出に加え、資産を保有することでかかるコスト(例えば固定資産税など)や、相続税などの支出を超える収入を稼がないと資産は減る一方です。
資産を守るというと、親から代々引き継いだ不動産などがあれば、実物として守りたいと思い、その土地上にアパートやマンションを建てるのかもしれません。しかし、資産を守るというのは時価ベースの純資産をいかに殖やすか、純資産を減らさないかということが前提にないと、守りたいはずだった資産も失ってしまうことがあります。
売却をしたくない不動産があれば、資産を減らすアパートやマンションの建築ではなく、他の資産から将来の支出を払うことができる収益を上げることがその不動産を守る手段になる場合もあります。しっかりと資産を数字で捉え、今どういう状況なのか、目標は何か、それを達成するプロセスは何なのか考えていきましょう。
資産を形成するということは時価ベースの純資産を殖やすということですが、それには、どのように時価ベースの純資産が殖えたり減ったりするのかを理解していないといけません。時価の貸借対照表(B/S)が殖えたり減ったりするプロセスは[図表4]のようになります。
20×2年の時価の貸借対照表(B/S)の純資産は、20×1年のキャッシュフローが20×1年の時価の貸借対照表(B/S)の純資産に加算(もしくは減算)されます。この時価の貸借対照表(B/S)の純資産を効率良く殖やしていくこと、それが資産形成です。次回からは、この時価の貸借対照表(B/S)の純資産を殖やす効率を判断するための分析を見ていきましょう。