政府が資金をばらまいた「金融安定化保証制度」
平成という時代が終わりを迎えるにあたり、
さまざまな振り返りが行われています。
平成を彩る銀行の商品群にも、
中小企業が泣かされた、数々の「だましの履歴書」が、
あるのです。
だましファイル②「保証協会付き融資の拡大」
平成10年、「金融安定化保証制度」が政府により施行されました。
その前年から、拓銀を始め、金融機関の破たんが相次ぎました。
銀行経営そのものが不安定になるなか、
いわゆる「貸し渋り」が発生していました。
結果、中小企業は資金調達をしづらくなっていたのです。
で、これではいかん、ということで、
資金調達ができるよう保証協会がバックアップする、
ということで政府が資金をばらまいたのが、この制度です。
保証協会が100%保証するのですから、
貸し渋りどころか、銀行は過剰に貸し始めたのです。
しかも、ろくな審査もなく、じゃぶじゃぶ貸したのです。
それまで貸し渋りに見舞われていた経営者は、
喜んで借りまくりました。
金利が多少高かろうが、保証協会の保証料を払おうが、
「借りれるときに借りておけ!」という具合です。
その結果、
「借りた資金で株式投資をして多額の損失!」
「使い道がないのに多額の借入金をする会社が続発!」
「保証融資を受けた会社が1ケ月後に倒産!」
など、制度の是非を問う新聞記事が残されているのです。
結局、会社に残されたのは、負債の返済だけです。
銀行は、保証協会の100%バックアップでリスクなく、
高い金利だけを受け取っていたのです。
人事が、すべての銀行員が、
自らの成績をあげるため、内容の是非など無関係に、
じゃんじゃん貸しまくったことは、察しがつきます。
保証融資を拡大することで、
最近で言う、ゾンビ企業を大量発生させてしまったのです。
当然、ゾンビ企業はやがて倒産して消えてゆきました。
10年後、再び歴史は繰り返し・・・
なのに、その約10年後、平成21年には、
金融円滑化法が登場し、同じようなことを繰り返したのです。
融資審査の格付けランクを1段階アップし、
本来は貸せないような会社にも、融資を拡大させたのです。
銀行にすれば、
「10年に一度のビッグウェーブが再来した!」
といったところなのです。
生かさず殺さず、金利だけを受け取り、
リスクは保証協会に負わせる、という構図は同じなのです。
平成10年の保証協会による融資拡大を経験した経営者は、
その後も、当時の条件が当たり前のようになってしまいました。
保証協会付き、担保・個人保証付き、高金利、です。
それでも借りれて助かった、という思いがあるからか、
保証協会など必要ない、強い財務体質になっていても、
同じような条件を受け入れてしまっていたのです。
保証融資が拡大される2年前の平成8年、
銀行による大蔵官僚への過剰接待が発覚しました。
俗に言う、ノーパンしゃぶしゃぶ事件が発端です。
歌舞伎町のローランという店です。
しかも、店舗の顧客名簿が流出し、
大蔵官僚112名の大量処分となったのです。
大蔵省は解体され、金融庁を発足させたのが、平成10年です。
この年から、銀行のだまし商品は、
ますます加速することになったのです。