「貯金がなくなったら生活保護」では遅すぎる
福祉事務所での出来事をきっかけに、健一さんは正志さんに付き添われ、筆者のもとへ相談に訪れました。
最初に確認したのは、健一さん自身の収支と、480万円の預金をどれくらいの期間維持できるかという点。筆者は食費、水道光熱費、通信費、健康保険料、日用品代に加え、今後の住宅維持費なども考慮して、月13万円程度の支出を想定しました。
「佐藤さん、仮に毎月13万円で生活するとして、この480万円が何年持つと思いますか?」
「10年くらい……でしょうか」
実際には、単純計算で約3年1ヵ月。医療費や住まいの修繕費など、突発的な支出があれば、さらに短くなる可能性もあります。「そんなに早く……」と健一さんは数字を見て、しばらく黙り込んでしまいました。
筆者が気になったのは、健一さんが生活保護を受けられなかったこと以上に、その先の生活について具体的な見通しを持っていないことでした。
FPとして相談を受ける際、現在の資産額だけでなく、将来の収入や支出、年金受給の見込みまで含めて考える必要があります。そこで、健一さんには年金記録の確認も勧めました。長年にわたり国民年金の加入状況や保険料の納付状況を確認しておらず、将来いくらの年金を受け取れるのかも把握していなかったからです。
「いまある480万円をどう守るかも大切です。ただ、それ以上に、この先どうやって収入を確保するかを考える必要があります」
そう伝えると、健一さんは困ったように答えました。
「でも、いまさら働ける気がしないんです」
長期間働いていなかった人に、いきなりフルタイムの仕事を求めるのは現実的ではない場合もあります。こうしたケースでは、自治体の生活困窮者自立相談支援機関や、ひきこもり地域支援センターなどを利用する方法が考えられます。
筆者からも、家計の見直しと並行して、そうした支援機関に相談することを提案しました。就労だけをゴールとするのではなく、日常生活の立て直し、人との交流、段階的な社会参加など、本人の状況に応じた支援を検討できる可能性も。
「母さんがいるうちに、もっと考えておけばよかった」。健一さんは、そう話します。
高齢の親が子どもの生活を支えること自体が、直ちに悪いわけではないでしょう。しかし、親の年金や預金に頼る生活が長く続くほど、親子がともに年齢を重ねたときの問題は複雑になります。
・親に介護が必要になったとき、子どもはどうやって生活するのか。
・親が亡くなったあと、住まいや生活費は確保できるのか。
・子ども自身の老後の年金は、どれくらい見込めるのか。
こうした問題は、親が元気なうちから考えておかなければなりません。生活保護は、必要なときに利用できる大切なセーフティーネットです。実際に生活に困窮した場合には、預金が完全になくなるまで相談や申請を控える必要もありません。しかし、生活保護の存在を理由に、将来の生活設計を先送りしてよいわけではないのです。
健一さんにとって、母親の施設入居は、長年続いてきた生活の終わりを意味しました。けれど、それが人生そのものの終わりになるわけではありません。
必要なのは、母親に代わる新しい扶養者を探すことではなく、自分自身の生活を少しずつ立て直していくことです。そして、8050問題を抱える家族にとって最も避けたいのは、親が支えられなくなったその日に、初めて子どもの将来を考えはじめることなのかもしれません。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
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