「生活保護があるから大丈夫」役所で待っていた想定外の回答
母親の施設入居後、健一さんは生活費を自分で負担しなければならなくなりました。ところが、20年近く安定した仕事に就いておらず、すぐに収入を得られる見込みもありません。仕事を探そうにも、履歴書に書ける直近の職歴はなく、面接への恐怖心もありました。
そんな健一さんが思いついたのは、生活保護。
健一さんは福祉事務所の窓口を訪れ、生活状況を説明しました。生活保護は、収入が少ない人や働けない人の生活を支える制度です。相談のなかで職員から預貯金について尋ねられた際、健一さんは少しいいにくそうに「貯金なら、480万円くらいあります」と答えたそうです。
健一さんは父親が亡くなった際、遺産の一部として約480万円を受け取っていました。日常の生活費は母親の年金で賄われていたため、そのお金にはほとんど手をつけていません。
「父が残してくれたお金です。老後のために取っておこうと思っていて……」
健一さんは、その預金を使わずに生活保護を受けられると考えていました。しかし、制度はそうなっていません。窓口では、利用可能な預貯金を生活費に充てる必要があることを説明されました。
それでも健一さんは申請を希望し、資産や生活状況の調査を受けることに。結果、十分な預貯金を利用できる状況であり、現時点では保護の要件を満たさないとして、後日、申請を却下する旨の通知が届いたのです。納得できず、再び福祉事務所を訪れた健一さんに、職員は改めて、現在の状況では受給ができない旨を説明しました。
「でも、収入はないんですよ。貯金があっても、使っていたらいつかなくなりますよね?」
その言葉にこそ、健一さんが抱える問題が表れていました。
「働ける年齢だから」生活保護を受けられないというわけではない
生活保護は、単に収入がないことだけを理由に支給される制度ではありません。原則として、利用できる資産や能力、年金などの他制度を活用しても、なお最低限度の生活を維持できない場合に適用されます。そのため、健一さんのように生活費に充てられる十分な預貯金があれば、まずはその資産を活用することが求められます。
ここで注意したいのは、「54歳で働ける年齢だから生活保護を受けられない」というわけではないことです。就労の可能性は考慮されますが、長期のひきこもり状態にある人については、心身の状態やこれまでの経緯、実際に働ける状況なのかなどを個別に判断する必要があります。
また、持ち家があるからといって、必ずしも生活保護を受けられないわけではありません。居住用の住宅など、一定の条件で保有が認められる資産も存在します。
つまり、生活保護の可否は、年齢や失業の事実だけで一律に決まるものではないのです。
健一さんの場合、当面の生活費に利用できる480万円の預金があったことが、受給できなかった直接の理由でした。
ただし、健一さんの不安にも一理あるでしょう。収入がなければ、預金はいずれ減っていきます。しかも、54歳という年齢を考えると、仮に数年間を預金で暮らせたとしても、その先には60代、70代の生活が待っています。
母親の年金に依存してきた年月は、経済的な問題だけでなく、社会とのつながりや就労経験を失う時間にもなっていたのです。
