母に頼って暮らした20年、突然の転機
「母さんが老人ホームに入ったので、人生終了ですよ。これからどうやって生きていけばいいんでしょうか」
筆者の事務所を訪れ、うつむきながらそう話したのは、地方都市に暮らす佐藤健一さん(54歳)。現在は無職で、84歳の母・和子さん(仮名)と長年暮らしてきました。
健一さんは20代から30代にかけて製造業の会社に勤務していましたが、職場の人間関係に悩み、30代半ばで退職。その後、短期間のアルバイトを経験したものの、長続きしませんでした。やがて外出する機会も減り、母親以外の人とほとんど接することのない生活に。
父親は数年前に他界。実家は母親名義の持ち家で、住宅ローンもありません。和子さんは、自身の老齢年金と亡くなった夫の遺族厚生年金などを合わせた月額換算約22万円を受け取っています。親子2人の食費や光熱費、日用品代などは、ほとんどこの年金で賄われていました。
「母はなにもいいませんでした。働かないことを責めることもなく。僕も、このままで……そう思っていました」
こうした親子の姿は、8050問題でみられる構図のひとつです。ひきこもりは、かつて若者を中心とした問題として認識されがちでした。しかし、その状態が長期化すれば、当然ながら本人も親も年齢を重ねていきます。
50代になった子どもが社会との接点を持てないまま、80代の親の年金や貯蓄に依存して暮らす。親子だけで生活が完結しているため、周囲が問題に気づきにくいこともあります。さらに、長年の孤立によって就労や社会復帰へのハードルが高くなり、親自身も高齢のため、子どもの将来を支える余力が失われていきます。
健一さんの場合も、生活費の不足を感じることがなかったため、母親に頼れなくなったあとの生活について、具体的に考える機会がありませんでした。しかし、転機は突然訪れます。
和子さんが自宅で転倒し、骨折して入院。退院後も歩行に不安が残り、一人での入浴や家事が難しくなりました。健一さんが自宅で介護を担うことも検討されましたが、長男の正志さん(仮名/58歳)は、弟だけで母親を支えるのは難しいと判断。家族で話し合い、和子さんは介護付き有料老人ホームへ入居することになりました。
施設費用は月額約18万5,000円。さらに医療費や日用品代などもかかります。年金との差額は3万5,000円ほどですが、その分も医療費や実家の維持費などに充てる必要があり、健一さんの生活まで支える余裕はありません。
これまで親子の生活を支えていた月22万円の年金は、今後、和子さん自身の生活と介護に使われることになります。
「母さんが施設に入ったら、僕の生活費はどうなるんだ?」
健一さんが正志さんに尋ねると、「それは自分で考えないと。母さんだって、もう自分のことで精いっぱいなんだから」と返されました。
健一さんにとってそれは、初めて突きつけられた現実でした。
