(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2026年9月30日号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

最近、検事の取調べにおける言動、再審無罪、検事による性加害や異性関係をめぐる不祥事などが厳しく非難されており、誠に残念です。

 

私自身は、検事として約10年務めたに過ぎませんが(法務省刑事局、金融庁出向等を含む)、弁護士としての今の自分があるのは、20代半ばから30代半ばという法律家としての基本的素養を涵養すべき大切な時期に、検察において、諸先輩方から厳しく適切な指導を受けるとともに、東京地検特捜部の頃も含め、朝から深夜まで土日祭日もほとんど休まず、ときには役所に何日も泊まり込みつつ、仕事に没入してきた結果だと思っており、常日頃から検察に対して感謝しています。

 

本稿では、私自身が日頃思い出す検察で受けた指導の一部について御紹介したいと思っております。危機管理や企業不祥事の事実調査などに関わる弁護士や企業の役職員の方に、なにがしか御参考にして頂ける点があるかもしれません※1。

 

※1 本稿では「検事」という言葉を主として使いつつ、ときに「検察官」という言葉も使いますが、これは意図的に使い分けています。検察庁法3条が「検察官は、検事総長、次長検事、検事長、検事及び副検事とする」と規定するとおり、検事は検察官の一種としていわば役職名のようなものであり、同法4条が「検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、かつ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う」と規定するとおり、検事を含め、検察権を行使するのは「検察官」です。

1. 「役所を出たら、仕事のことは一切忘れろ。しょせん、事件は他人事(ひとごと)だ」

これは、私が検事1年目の4月に東京地検刑事部に配属された直後くらいに、先輩検事から酒の席で言われたことです。

 

私に限らないのでしょうが、検事になったばかりの頃は、四六時中、寝ても覚めても、飯を食っても酒を飲んでも、自分の担当している事件のことが終始頭から離れません。警察にどのような補充捜査を指揮するか、否認している被疑者をどのように取り調べるか等を考えている自分に気付いたり、取調べで涙を流していた被害者やその家族のことを絶えず思い出すようなことになります※2。あるいは、凄惨な事件現場の写真や死体解剖に立ち会った状況なども最初の頃はなかなか忘れることができません。

 

※2 「被害者とともに泣く検察」という有名な言葉がありますが、検事として自分の手で事件の捜査・公判を担当すると、この種の言葉が実感を持って強く響いてくるようになります。

 

だから、精神の健全を保ち、事件に潰されないようにするために「役所を出たら、仕事のことは一切忘れろ」なのですが、そう言われても簡単に忘れることができないから、「しょせん、事件は他人事(ひとごと)」、極論すれば「どうでもよい」「どうなろうと知ったことではない」という、一歩離れた意識を持つことが大切なのです。

 

こうした発想は、仕事で失敗したり上司から叱責されるなどしたときにあまり落ち込まないようにするためにも有益です。より一般化すれば、事件に対して一定の距離を保って、事件に過度にのめり込まないようにすることで客観視を可能にし、常に一種の余裕を持つことの大切さを示している※3ということもできます。

 

※3 本稿のような原稿を書いていると、いろいろと余計なことを思い出すのですが、私が検事1年目の東京地検刑事部のとき、検察の人手不足等を背景に、検事にて取り調べて調書をとるのは刑訴321条2号後段書面(伝聞法則の例外としての相反供述)の必要がある場合などに限定しようという方針のようなものがあったところ、ある先輩検事が「決裁で刑事部長から『なぜ、こんな必要ない参考人を調べて調書をとったのか』と聞かれて、『理由なんてありません。自分が調べをしたいと思ったからです。』と答えたら、刑事部長から、えらく叱られたよ」と酒席の座興のように話していました。世の中は検察組織を上命下服と思っているのかもしれませんが、こうした言動が許される、一種の余裕があるのが検察組織でした。

 

昨今、濫用的公益通報への対策に徐々に関心が集まるようになっており、公益通報者保護法改正に向けた消費者庁の公益通報者保護制度検討会でも検討されましたが※4、公益通報の窓口というのは、なかなか心身とも大変な負荷のある仕事です。面談や電話で通報者からのとりとめもない話や身の上話に何時間も付き合わされることもあれば、通報者が思うとおりの調査結果でなければ何回も同じような内容の通報が繰り返されることもあります。ときには、通報者から担当者に対する誹謗中傷や攻撃すらもあります。「役所を出たら、仕事のことは一切忘れろ。しょせん、事件は他人事(ひとごと)だ」は、公益通報窓口の担当者の方にも等しく当てはまることだと思います。

 

※4 消費者庁令和6年12月27日付け「公益通報者保護制度検討会報告書-制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて-」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/review_meeting_004/assets/consumer_partnerships_cms205_250109_01.pdf)17頁以下参照。

また、拙稿「公益通報者保護法の改正論議における刑事罰への過度の依存」弊事務所・危機管理NL2024年12月26日号1頁以下参照。

次ページ当時の新任検事(検事1年目)に対する教育指導

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木目田 裕

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