1. 最も大切なこと
令和8年熊本地震に伴うショッピングモールの爆発事故や工場等の煙突の倒壊事故、列車事故、化学品工場の爆発事故など、人が亡くなる痛ましい事故が相次いでいます。
関係する企業において、こうした事故が発生した場合に最も大切なことは、言うまでもなく、企業トップが直ちに現場に臨場し、負傷者の救護や現場の安全確保に全力を尽くすとともに、速やかに亡くなった方の弔問にあがって追悼し、遺族を全面的に支えることです。その上で復旧、謝罪会見、原因解明・再発防止、被害者・遺族等に対する被害補償などを行っていくことになります。
2. 業務上過失致死傷罪の捜査
人が死傷した事故が発生した以上、警察や労働基準監督署等の捜査・調査が行われることになり、業務上過失致死傷罪や労働安全衛生法違反などの刑事罰が問題になります。
このうち業務上過失致死傷罪の捜査では、事故の発生機序や原因の解明(以下一括して「原因等解明」といいます)が出発点となります。
すなわち、警察等の当局は、まず、どのような事実経緯をたどって事故が発生したのかを明らかにした上で、事故の発生原因を解明し、企業等が事故当時にいかなる対策をとっていれば事故や被害者の死傷を防止できたか、どの役職員がその業務分掌において当該対策の策定・実施等の権限(職責)を有していたのか、当該役職員に事故発生の予見可能性があったか、当該対策を行うことが現実的に可能だったのか等を捜査します。
過失の構造や予見可能性・結果回避義務等については刑法理論上の深い議論がありますが、実務的には、大雑把に言えば、結果発生の予見可能性があったのに、結果回避義務を尽くさなかったことが過失であると考えられています。
過失について、予見可能性(予見義務)、結果回避義務等と言い換えても、依然として抽象性が高い概念に過ぎず、実際に発生した具体的な事故ごとに、いかなる中間的事実を認識していれば具体的な予見可能性があったと言えるのか、どのような措置が結果回避義務として求められていたのか等は千差万別です。
そのため、企業の業務に関連して発生した事故(「特殊業過事件」と言われることもあります)について業務上過失致死傷罪の成否は微妙な判断を伴うことが少なくありません。例えば、東電福島第一原発事件において、株主代表訴訟の一審である東京地裁令和4年7月13日判決・判時2580=2581号3頁は取締役らの任務懈怠を肯定して巨額の損害賠償義務を認め、控訴審である東京高裁令和7年6月6日判決※1は取締役らの任務懈怠を否定しています。刑事の方では、一審、控訴審に加え、最高裁令和7年3月5日決定※2も業務上過失致死傷罪の成立を否定しています※3。
※1 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94445.pdf
※2 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-93864.pdf
※3 特殊業過事件において、特に管理過失が問題にされる場合などは、取締役等の善管注意義務の有無の判断と業務上過失致死傷罪における過失の有無の判断とが実質的に重なることがあります。
株主代表訴訟における一審東京地裁判決と他の判決の判断が分かれた理由については、様々な分析がなされていますが、これは、いわゆる「長期評価」や「平成20年津波試算」との関係で福島第一原発に10メートル超の津波が襲来する事態に関する予見可能性の程度と、その予見可能性の程度に対応して要求される結果回避措置の捉え方の違いということだと、私は考えています。防護措置の施工のために原発を相当期間止めるべきであるといった結果回避措置を要求するのであれば、そうした負担の重い措置が必要とされるだけの事情(10メートル超津波の襲来の危険が具体的に切迫していたり、現実的な危険だったこと等、予見可能性の対象ないしこれを基礎づける事情)が必要だったと考えられます。この点、上記最高裁決定における草野耕一最高裁判事(当時)の補足意見は、予見可能性のレベル感に対応して、結果回避措置の内容を国への報告という低い負担に引き下げることで、過失を肯定する余地を示しています。
東電福島第一原発事件は一例ですが、このように、特殊業過事件における業務上過失致死傷罪の成否は微妙なものとなることが少なくありません※4。
※4 そのほか、過失犯の成否に関しては、信頼の原則、過失の競合、許された危険、管理過失などといった様々な法的な検討枠組みがあります。
3. 原因等解明における問題点
(1)構造的な利益相反性
企業の業務に関連して発生した事故の場合、警察等の当局では企業の業務内容や事故現場で行われていた作業内容等に関する専門的知見が乏しいため、原因等解明は、多くの場合、事故を起こした企業自身の調査に大幅に依存することになります。事故の発生機序や原因を検討する上で、再現実験などが必要になることもありますが、多くの場合、これも事故を起こした企業自身による実験などに依存することになります。
ここで、企業は、大変悩ましい状態に置かれることになります。企業が二度と絶対に事故を起こさないようにと、非常に厳しく原因等解明を行えば行うほど、その結果が企業の役職員の刑事責任の追及材料として跳ね返ってくるためです。
すなわち、原因等解明において、企業は、少ない可能性も含めて、将来の事故の潜在的要因を全て完璧に潰そうとして要改善点を特定していきます。つまり、自分たちに問題があったという前提に立って、事故発生後の観点から遡って(ある意味での後知恵です)原因等を解明していきます。そのため、事故当時、何らかの要改善点があったことを理由に、当時の安全対策の責任者らの落ち度(過失)として刑事責任を問うのは酷に過ぎるケースもあります。事故発生後に要改善点が特定されたからといって、事故発生の当時において、そうした要改善点を潰しておくべきだった(過失によりこれを怠った)と言えるかどうかは、なかなか微妙な判断となります。しかし、複数の人が亡くなっている重大な事故などの場合、被害者や遺族の処罰感情も強く、警察等の当局としても、企業側が特定した要改善点をストレートに過失内容に構成してしまいがちになります※5。
※5 原因等解明・再発防止策と刑事責任における過失とが直結するものでないことについて、例えば、JR福知山線事故に係るJR西日本の歴代社長の一連の無罪判決を参照。
爆発事故や大規模火災のように現場の客観証拠の多くが散逸している場合には特に当てはまることですが、企業における原因等解明では、様々な推測や仮説をつなぎ合わせて、あり得る複数の発生機序を想定し、そのうち最も可能性の高そうなシナリオはどれか等と検討していきます。企業としては自社の業務フローや安全対策について要改善点を掘り出していき、事故を防止するにはどうすればよかったのかを考えます。このように原因等解明といっても、ある意味で、評価の幅、判断の幅のようなものが避けられません。企業側が役職員の刑事責任追及を恐れて、事故を未然防止できた可能性が高い要改善点の特定に二の足を踏めば、再発防止策が不徹底なものとなることが懸念されます。
以上のとおり、事故において企業が行う原因等解明には一種の利益相反関係が存在します※6。
※6 この利益相反性は、役職員や協力会社等の相互間にも存在することがあります。例えば、設計上の瑕疵と、製造・施工過程での瑕疵とがいずれも認められた場合に、設計側と製造・施工側のどちらの(あるいは双方の)過失と捉えるべきなのかが問題となります。ダブル・フェイル・セーフが機能しなかった場合なども複数の安全確保措置のうち、どこに過失があったと捉えるべきかが問題になります。
(2)利益相反性への対応策
この利益相反の対応策の1つ目としては、企業が行う原因等解明や再発防止策については、企業の役職員個人に対する業務上過失致死傷罪等の刑事事件で有罪認定の証拠として用いることを禁止するという方策が考えられます。
例えば、米国の連邦証拠規則(Federal Rules of Evidence(FRE))407条(Subsequent Remedial Measures(事後改善措置))は、再発防止策を証拠として用いて、事故当時の過失、製品欠陥、警告不足等を立証することはできないと規定しています※7。日本でも同様のルールを法令改正等を通じて設けることが考えられます。
※7 https://www.uscourts.gov/sites/default/files/document/federal-rules-of-evidence.pdfの6頁参照。
もっとも、再発防止策を手がかりとして、当該再発防止策が対処した要改善点を取り上げ、それを専門家の鑑定書などの別の方法で過失を基礎づける事情等として立証することはできますから、FRE407条と同様のルールの導入による解決には限界もあります。
対応策の2つ目としては、企業の原因等解明を日弁連ガイドラインに基づく第三者委員会方式で行う方策が考えられます。その場合には、被害者や遺族をはじめとする関係者からの信頼確保のため、委員だけでなく、事務局として関与する弁護士などの補助スタッフも当該企業と関わりが全くなく、当該企業に忖度する可能性が皆無であることを外形から十分に立証できるようにしておく必要があります※8。
※8 将来的には、運輸安全委員会(旧航空・鉄道事故調査委員会)や厚生労働省の医療事故調査制度のような公的な建付けも検討課題になると思います。
もっとも、第三者委員会方式であっても、第三者委員会が、ネットやSNSの世論等といったものに引きずられて、自らが批判されることを恐れて、些細なミスを捉えたり、非現実的な想定を行って、役職員の「落ち度」なるものを声高に唱えるようなことがあれば、何の意味もありません。もちろん、企業側に忖度して指摘や批判を薄めたり、他者に責任転嫁するのは一層論外となります。
第三者委員会としては、正しいこと(自分たちが正しいと信じること)を、臆せず、阿らずに行っていく必要があります※9。
※9 拙稿「危機管理及びコンプライアンスにおける本質は『正しいことをしよう』にあり」弊事務所・危機管理ニューズレター2024年4月30日号2頁参照。
以上
