(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2026年7月31日号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

1. 贈収賄は人の弱さが原因・背景であることが少なくない

贈収賄というと、時代劇の悪代官と悪徳商人のような、むき出しの金銭欲・物欲や強い利権体質のようなイメージを抱く方が多いと思いますが、私の弁護士・検事としての経験上では、実際に発生する贈収賄事件は、むしろ人の弱さが原因・背景であることが少なくないと思います。このことは、収賄側と贈賄側の双方に等しく当てはまります。

2. 具体例その1(飲食接待)

例えば、公務員Aが民間Bから飲食接待を受けているとします。もちろん、民間側が公務員に職務上の便宜を図ってもらうことを意図して、その対価として飲食接待を行い、公務員側も分かって接待を受ければ贈収賄です。

 

しかし、現実の物事は、そうそう単純ではありません。

 

民間としては「公務員は偉い、敷居が高い」と考え、もっと気軽にコミュニケーションして相談できるようになりたい、その公務員と会食をして親しくなりたいと考えました。今のご時世は国家公務員倫理法・倫理規程や地方自治体等でも同様の倫理規程等がありますから、公務員の給料でも支払可能な1人3,000円前後のリーズナブルな飲食店で、割り勘で会食をしました。相手の公務員も仕事熱心な人物で、もっと民間の話を聞いて勉強しなければならないと考え、身銭を切って民間と会食しました。月に1回程度のペースで、半年、1年と意見交換会として会食を行ううちに、公務員も民間も親しくなっていきました。ある時、公務員の手持ちの金が乏しかったので、民間が公務員の不足分1,000円を立て替えました。次に民間が公務員と会ったとき、公務員が「このまえ借りた分を今払います」と言いましたが、民間は会社経費で会食していたこともあり、「1,000円くらいですから大丈夫です。この次の会食でAさんに1,000円分多めに払ってもらえば大丈夫です」と返答しました。

 

次の会食のとき、公務員が民間に「前回借りた分の1,000円を私の方で余分に払いますから」と言いましたが、民間は、公務員の薄給をよく知っており、公務員には親切に相談に乗ってもらっていたので機会があればご恩に報いたいと思っていたことから、本当に真心・善意から「いえいえ、日頃お世話になっていますから、お気持ちだけで大丈夫です。今日はいつも通り完全割り勘にしましょう」と言いました。公務員も、ここで人として弱さが出てしまいました。1,000円くらいならいいか、と思ってしまって、1,000円分を余分に負担しなかったのです※1

 

※1 理論的には、この時点で贈収賄が成立する可能性があります。公務員が職務として民間の相談に乗ってあげてアドバイスなどを民間にしてあげていたのであれば、そういう点で「日頃お世話になっていますから」ということで、当該職務の対価として、1,000円分の利益の供与を受けたことになるからです。もちろん、よほど特殊な事情がない限り、この程度の事実関係にとどまっている限りは、捜査当局が実際に検挙することはないと思われます。

 

その後の会食で、公務員が1時間ほど遅刻したので、民間が先に飲んでいました。お会計のときに、公務員が完全割り勘にしようとしたら、民間が「Aさんを待っている間に私が一人で飲み食いした分がありますから、今日は私が5,000円、Aさんが1,000円でどうですか(以下「傾斜配分」といいます)」と申し出て、公務員もそれでいいような気持ちになってしまいました。

 

もともと公務員が遅刻することが多かったので、いつしか会食の都度、傾斜配分が当たり前となり、公務員側の負担が軽くなったことから、民間側も高級店を使うようになり、1年間で傾斜配分を通じた利益供与金額も合計すると10万円を超えるようになりました。そうなると、この時点で贈収賄で摘発されてもおかしくありません。

 

公務員の方も、飲食代金を傾斜配分してもらっているだけに、「お返しをしないといけない」との意識になりがちであって、これまでの相談やアドバイスの関係を踏み越えて、民間の利益をまさに図るような便宜供与が行われることにもなっていきます。それを受けて、民間はその公務員のためによりグレードの高い店でお礼をしたい等となっていき、相互に一種の互酬関係の反復が生じるようになっていきます※2。そして、そのうち公務員が自己負担分を一切払わなくなれば、完全な接待であって、悪質な官民の癒着として贈収賄で摘発されて当然となっていきます※3

 

※2 「互酬関係」として、人は他人に何かしてもらった場合に、これに対してお返しをしないと落ち着きません。なお、日本人の互酬関係の捉え方について、例えば、阿部謹也『自分のなかに歴史をよむ』(筑摩書房、2007年)(そのうち90頁以下)、桜井英治『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ』(中央公論新社、2011年)参照。現金授受による贈収賄も、民間が官を「カネで買収しよう」というよりは、「お世話になったのだからお礼をしたい」という動機によるケースが少なくないと思います。

 

※3 接待でも一定期間の公務員等の1人あたりの合計金額が10万円、20万円といった程度になれば贈収賄で摘発されてもおかしくありません。例えば、2010年代以降に限定しても、①自治体の在宅医療システム構築事業の受注に関し、自治体の健康福祉課長が業者から「2年間に、17回、合計約13万円」の飲食接待を受けた件、②副市長が土木工事の一般競争入札について設計金額を教える等の便宜を図り、「3年7ヶ月間に、11回、合計約45万円」の飲食接待を受けた件、③震災復旧工事について、国の出先の工事課長が業者に設計金額を教える等の便宜を図り、「7ヶ月間に、7回、合計約17万円」の飲食接待及び宿泊提供を受けた件などでも、贈収賄で摘発され、収賄側や贈賄側が執行猶予付きの懲役刑(拘禁刑)を受ける等しています。

 

以上はあくまで仮想例ですが、接待に限らず、贈収賄事件では似たような例は少なくないと思います。

 

このように、公務員も民間も最初から贈収賄をしよう、業者にたかろう、公務員を接待漬けにしよう等とは夢にも思っていなかったわけですが、性弱説という言葉が示すように、人は弱いものですから、「これくらいならば問題ない」「お礼したい」の積み重ねが本当の贈収賄に発展していくわけです。そこから先は、坂を転げ落ちるように、公務員は業者にたかることへの規範意識を鈍磨させ、民間は公務員を買収することに抵抗感をなくしていきます。

 

贈収賄を防ぐためには、法令や公務員倫理・企業倫理の教育、接待交際費使用の社内ルールや事前チェックなども大事ですが、人の弱さや互酬関係という贈収賄の原因・背景に着目すると、こうした教育や仕組み等では贈収賄を防ぎ切ることはできません。

 

これも非常に難しい問題ですが、一種の予防的方策として、公務員側も民間側も定期的に担当替えや異動を行って特定の公務員・民間役職員間での癒着が生じることがないようにすることが効果的なように思います。

3. 具体例その2(外国公務員等贈賄)

以上は接待を例にしましたが、人の弱さから生じる贈収賄の例は、他にもいくらでもあり、以下では外国公務員等贈賄(不正競争防止法違反)を例にします。

 

新興国では、公務員から許認可、検査、通関、警察等々、多くの場面で金銭支払を要求されます。いわゆるSmall facilitation paymentsの場合が少なくなく、事実関係次第で、営業上不正の利益を得る目的や職務関連性がなければ必ずしも贈賄に該当するわけではありませんが、金額が多額であったり、公務員側の便宜供与が認められるときなどは外国公務員等贈賄に該当します。

 

大半のケースで、贈賄を行った現地拠点の役職員は次のように説明します。

 

「外国公務員等贈賄は絶対にしてはいけないと、もちろん十分に分かっていました。会社のコンプライアンス指針等でもそう書いてあるし、会社の研修でも繰り返しそう教わってきました。しかし、現地の現実は違うのです。現地では、公務員から金を要求されて払わなければ、事業運営が止まってしまうのです。日本の本社や法務コンプラに相談しても『金は払うな。要求を断れ。』と言われるだけで、現地公務員の要求を断って嫌がらせをされて、結局それで対処に困るのは我々現地の者なのです。いくら本社の社長メッセージで『贈賄を断ることで収益を失っても構わない。』と言われていても、現場の我々だけでそんな判断は現実にはできません。」

 

外国公務員等贈賄については、OECDの対日審査や、これを踏まえた不正競争防止法改正、経産省の外国公務員贈賄防止指針の改訂などが行われてきましたが、20年以上にわたり、どの企業であれ、新興国等で金銭要求に直面している役職員らが置かれている状況に変わりはないように思います。

 

人は弱いものです。確かに、現地の現実に直面して、金銭支払という安易な解決方法に走ったことは責められるべきことです。毅然として金銭要求を断り、その結果、事業に支障が出ようとも適法な方途を摸索していくべきでした。だから、企業が役職員を刑事告発したり懲戒処分することは、ある意味で当然のことです。

 

しかし、役職員が現地の現実に直面して対応に苦慮している間に、日本の本社は何をしていたのでしょうか。日本の本社が矢面に立って現地に代わって公務員等の金銭要求を拒絶する、金銭要求の拒絶の結果として現地の事業運営に支障が生じれば日本の本社がそれを受け入れたりサポートするなど※4、日本の本社ができることは少なからずあったように思います。日本の本社からすれば、現地が本社に問題を報告しなかったから本社として対応できなかったとなりますが、それは見方を変えれば、現地が抱えている問題について本社は現地からアテにされていなかった、信頼されていなかったということでもあります※5

 

※4 贈賄に関し、売上げ・収益とコンプライアンス・リスクとの板挟みで取引を断るといった判断は、経営幹部でなければできず、トップマネジメントに問題がエスカレーションされる社内体制を構築しておく必要があるとの指摘があります(安田博延=三村まり子=木曽裕=河江健史「企業が贈賄を要求された際にとるべき対応とその準備」ビジネス法務2023年11月号94頁参照)。

 

※5 贈賄に限らず、品質不正、カルテルその他のいかなる企業不祥事であれ現場や現地で不祥事が発生する事案では、往々にして、言ったもん負け、心理的安全性の欠如といった問題が存在します。

 

現地の役職員個人の責任を問うばかりではなく、本社のサポート態勢が十分だったかどうか、本社が現地から信頼されていなかったのではないか、という点に手を打たないと、みんなが強いわけではありませんから、将来、いずれかの現地拠点でまたもや同じことが繰り返されることになってしまいます。

4. 最後に―本当に悪い汚職を摘発すべきこと

もちろん、時代劇の悪代官と悪徳商人のような贈収賄は今日でも存在します。そうした金銭欲・物欲にかられた便宜供与や利権誘導のような贈収賄に対しては、社会の公正と信頼確保のために、十分な捜査資源を投入して厳罰をもって臨むべきです※6

 

※6 政治資金収支報告書の虚偽記載等をめぐる近時の動向が、有限な捜査資源の費消を通じて、かえって巨悪を眠らせる結果になることへの懸念について、拙稿「政治資金収支報告書の虚偽記載等に対する課徴金制度の導入の適否」弊事務所・危機管理ニューズレター2025年12月26日号4頁以下(3. 刑事罰への過度の依存による弊害)参照。

 

公務員等が民間から金銭等の賄賂を直接的に収受する事案はさすがに減ってきているように思いますが、金銭等の賄賂を直接的に収受していない事案であっても、政治家や公務員等によるいわゆる紐付きの便宜供与※7については、まさに汚職(corruption)として倫理感を欠くのですから、贈収賄罪(脱法的事案であれば第三者供賄罪〈刑法197条の2〉も含む※8)を積極的に適用して然るべきであると思っています。

 

※7 政治家や公務員等による紐付きの便宜供与としては、例えば、政府三役や国会議員が企業A社に便宜供与をする見返りに、企業A社をして、地元の支持者である企業B社をサプライヤー・協力会社として起用させる場合、コンサル会社C社の従業員が官庁に出向しているところ、事業者D社に便宜を図る見返りに、事業者D社をして、自己の出身母体であるコンサル会社C社を起用させる場合などが考えられます。

 

※8 ただし、第三者供賄罪については産学連携などを過度に萎縮させない等の観点からの検討も必要です(拙稿「国公立大学・公的機関の研究開発における贈収賄と「不器用な刑事司法」」弊事務所・危機管理ニューズレター2024年10月31日号1頁以下参照)。

 

以上

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木目田 裕

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