(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2026年6月30日号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

1. 公正取引委員会の独占禁止法コンプライアンスに関する実態調査及び態勢整備・運用ガイドの改訂(2025年6月20日)

公取は「企業における独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用状況に関する実態調査報告書」及び「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド」の改訂版を昨年6月20日に公表しています※1

 

※1 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/jun/250620kigyou_compliance..html

 

この実態調査報告書については、以下の点に印象を受けました。

 

●経営トップが独禁法に関する具体的なメッセージを発信している企業の方が独禁法遵守のための各種取組をより実施している傾向があった

 

●競争事業者との接触ルールを策定している企業は、回答企業全体の約半数に過ぎなかった。独禁法違反の処分歴がある企業では、約9割で接触ルールを策定していたが、その策定時期は独禁法違反で処分等を受けた時期の前後に集中していた

 

●独禁法遵守の研修等で、自社や他社の違反事例を題材としたドラマ形式や、ディスカッション形式・ロールプレイング形式等を取り入れている企業は約1割であった

 

●独禁法違反の未然防止・早期発見等に向けたインセンティブとして、一部の企業にとどまるが、コンプライアンス推進活動に対する表彰制度や内部通報に対する報奨制度を設けている事例があった

 

●独禁法監査(メールモニタリング等)の際にAIを活用している事例があった

 

●独禁法違反に関するいわゆる社内リニエンシー(自主申告や社内調査への協力を懲戒処分の減免事由として考慮)を導入している企業は約半数であり、その旨を周知している企業は約3割にとどまっていた

 

●コンプライアンス・プログラムについて定期的な評価・アップデートを実施している企業は約2割、役職員の意識・行動の改善度合いを測定している企業は約2割強にとどまっていた

 

●アルゴリズムの活用に伴う独禁法違反リスクへの取組を実施している企業は4.0%にとどまっていた

 

●独禁法遵守のための研修、インセンティブ制度、接触ルールの策定・周知、監査等を実施している企業ほど、独禁法違反に関する社内相談件数が増加する傾向や、研修を実施している企業ほど内部通報が行われる傾向がみられた

 

実態調査報告書の第4では「独占禁止法コンプライアンスの更なる実効性の向上に向けた提言」がなされており、上記ガイド改訂版では、実態調査結果も踏まえて、独禁法コンプライアンスの具体的な着眼点や仕組み、参考事例等が紹介されています。

2. それでもカルテルは止まらない

公取から見ると企業側の取組はまだまだ足りないとなるのでしょうが、企業側はそれなりに独禁法遵守のためのコンプライアンス態勢の構築・強化に長年にわたり取り組んできたものと思います。

 

しかし、それでも、行政調査に限らず、犯則調査も含め、カルテルは常に摘発され続けています。コンプライアンスに取り組んできた大企業やその子会社・関連会社でも、絶えることなくカルテルが摘発され続けています。

 

これまでカルテルで摘発されたことのない企業が新たに摘発されるだけではありません。過去にカルテルで摘発されて多額の課徴金を課されたり、役職員が逮捕勾留されるなどして痛い目に遭って、カルテル防止に徹底的に取り組んできた企業やその子会社・関連会社であっても、再びカルテルで摘発されています。

 

過去にカルテルで摘発され、その数年後に新しいカルテルが始まった例もあれば、過去の摘発時に取りやめたカルテルが復活した例もあります。過去の摘発時には表面化しないで生き延びたカルテルの例もあります。

 

課徴金減免申請(リニエンシー申請)や司法取引※2が導入されようが、株主代表訴訟で取締役らに多額の損害賠償責任が課されようが、何であろうが、「そんなものは関係ない」とばかりに、カルテルはしぶとく生き返ったり生き延びたりしています。

 

※2 司法取引と独禁法のリニエンシー制度との関係につき、木目田裕=平尾覚「日本版司法取引が企業活動に与える影響」旬刊商事法務2052号(2014年)26頁参照。なお、司法取引については、拙稿「日本版司法取引(協議・合意制度)に関し、経営判断として考慮すべきファクター」弊事務所・危機管理ニューズレター2018年4月号1頁参照。

 

EUではリニエンシー申請は減りましたが※3、日本では課徴金減免申請はむしろ増えています※4

 

※3 EUでのリニエンシー申請の減少傾向の要因分析については様々な議論があります。例えば川濵昇「課徴金減免制度の現状評価と展望」公正取引904号(2026年)12頁参照。

 

※4 公取令和8年6月8日「令和7年度における独占禁止法違反事件の処理状況について」「表2課徴金減免申請件数の推移」https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2026/jun/260608_kanki.html参照。令和7年度の課徴金減免制度に基づく違反事実の報告等件数は182件であって、本制度導入後で最多件数とのことです。

 

そのような次第なので、講演や企業でのコンプライアンス研修などでは、私は常に「カルテル防止に終わりはない。『うちは過去に摘発されて痛い目に遭ったから大丈夫だ』も通用しない」等と申し上げるようにしています。

3. なぜカルテルは続くのか

なぜカルテルが続くのかは難しい問題だと思います。

 

「同業他社との情報交換とカルテルは紙一重であり、情報交換の延長線上でカルテルがなされる」からということで、同業他社との競争上機微な情報の交換を禁止すべく、役職員の教育研修を行ったり、同業他社との接触禁止や業界団体等での接触ルールを作る等の取組が行われてきました。

 

また、平成18年1月の制度導入後、課徴金減免申請が活用され、これを端緒とするカルテルの摘発が相次いでいますが、このことは、過去約20年にわたり、上場企業や大企業等であれば社内の研修等でも繰り返され、テレビや新聞、ネット等の報道でも周知されています。

 

しかし、それでもカルテルは続いています。

 

私はこれまで相当数のカルテル案件を担当してきましたが、その経験からすると、究極的な要因は「会社の垣根を越えた営業担当者間の強い信頼関係」にあると思います。

 

ここで「営業担当者」と書きましたが、これはカルテルの構成員・実行者のことを意味しており、分かり易さの観点から「営業担当者」という表現をいわば典型例・代表例として使っているにすぎません。カルテルの構成員・実行者については、営業担当者だけでなく、取締役等の役員クラスの場合もあれば、部長や課長、担当者の場合もあります。営業だけではなく経営企画・製造・調達・研究開発等の場合もあります。

 

多くの場合、カルテルを行っている各社の営業担当者たちの間には、会社の垣根を越えた強い信頼関係があって、課徴金減免申請制度があるといっても、「他社のアイツが自分を裏切ることはない。課徴金減免申請などに協力するはずがない」と相互に信頼しあっています。

 

そのため、会社(経営陣や法務・コンプライアンス部門等)がカルテル防止を真摯に訴えかけたり、あるいは「カルテルをしていると競合他社が先を越して課徴金減免申請をするかもしれない。だからカルテルをしていたら法務・コンプライアンスに相談してほしい」等と繰り返しても、他社の営業担当者との間の強い信頼関係に阻まれてしまうわけです※5

 

※5 営業担当者にとって、同業他社の営業担当者こそが身近な存在であって、会社の経営陣や法務・コンプライアンスはある意味で遠い存在なのだと思います。なお、カルテル等においては、従業員から見て、社長や会社全体についてはどうしても遠い存在となりがちであり、自分が所属している部署や自分の周囲だけを「会社」として捉えがちになることに関し、拙稿「企業不祥事の防止―機会の防止の重要性」弊事務所・危機管理ニューズレター2022年11月30日号2頁参照。

 

もちろん、こうした営業担当者の方も、カルテルが違法行為である、犯罪であるといったことは百も承知です。会社のコンプライアンス研修を何回も受けているし、他業態での摘発例も報道で山のように目にしています。しかし、「自分たち」は違う、「自分たち」は大丈夫だと思ってしまうわけです。繰り返しですが、ここの「自分たち」は会社の垣根を越えた同業他社のカルテル関係者、いわば「カルテル仲間」のことです。

 

なぜ、ライバル関係にあって戦っているべき競合他社の営業担当者との間で、こうした強い信頼関係が発生・維持されるのかは、非常に興味深いテーマだと思います。

 

業界の中で業界団体等を通じて他社の営業担当者とも様々な接触の機会があります。つい最近まで、業界の中で懇親会もあればゴルフコンペも当たり前のようにありました。そうした懇親会やゴルフコンペ等でカルテル合意が形成されたり、確認された事案も珍しくありません。

 

情報交換の中にも、他社の営業担当者とガチンコで競争していたらおよそ情報交換はあり得ない情報だけでなく、一般的な政策や規制の動向、業界動向など、情報交換をしても特段の事情がない限り問題のない情報もあります。そうした情報の収集・交換や協力を通じて、他社の営業担当者との間で深い信頼関係が構築されることもあります。

 

そして、こうした他社の営業担当者との間の信頼関係は、上司から部下へ、先輩から後輩へ、業界慣習(その中に「業界慣習」や「ビジネス・マナー」等の名の下にカルテルのルールが含まれることがあります)とともに引き継がれていきます。

 

カルテル事案では、ときに、営業担当者は、自分の会社の中での自分の評価・評判よりは、カルテル仲間の間での評価・評判の確保を優先する(例えば、会社の法務・コンプライアンスや内部監査の調査でもカルテルの存在を秘匿し続けた。左遷されようがカルテルを守った。自社が受注できる好機なのにカルテル仲間の信義を尊重し、他社に譲った等々)ことさえあります。

 

読者の中には、こうしたお話についてにわかに信じがたいと思われる方もいるかもしれませんが、私自身の弁護士としての経験では非常に多数の「営業担当者」の方々がこのようなお話をされます(あるいは、このような話でなければ理解困難な行動様式をとっています)。

 

余談ですが、寺西重郎・一橋大学名誉教授が、日本と英国とを宗教的基礎等から比較して、日本の経済システムの特質として「世俗における求道主義とその成果の顔の見える身近な他者による評価システム」「高品質の財とサービスの生産活動を行う需要主導型の生産」等を指摘し、「日本における集団は求道の成果を互いに評価するための仲間からなるのであり、グループ間で競争が生じるのはより良い求道の方法を見出すためであって、競争により他を追い落とすことは目的ではない」と述べておられますが※6、「会社の垣根を越えた営業担当者間の強い信頼関係」は、こうした日本の経済システムの特質と近似すると感じています。

 

※6 寺西重郎『経済行動と宗教 日本経済システムの誕生』(勁草書房、2014年)442頁。

4. 「会社の垣根を越えた営業担当者間の強い信頼関係」を打ち砕く方策

では、どうしたら、こうした「会社の垣根を越えた営業担当者間の強い信頼関係」を打ち砕くことができるのか、ということになります。

 

この点は、なかなか自信を持って言える答えはありません。

 

教育研修で「他社の営業担当者との信頼関係などに依拠することはできない。今や、どの業界でも課徴金減免申請が行われている。これが今日の現実である。」等と訴えかけることも考えられます。しかし、営業担当者の方は極端な言い方をすると自分の会社の人よりも競合他社の営業担当者の方を信頼しているわけですから、こうした教育研修で「信頼関係」を打ち砕くのは、なかなか簡単ではありません。根本的には、月並みな答えになりますが、営業担当者の人事異動を定期的に行って、信頼関係に束縛されている担当者には別の業務に従事させ、そうした束縛のない方に新規にその業務を担当させる、といった方策をとることが最も実効的なように思うところです※7

 

※7 会社はカルテルに関与した役職員を原則として懲戒解雇することや、当局の運用として米国のように個人の刑事処罰(かつ実刑)を原則とすることなども考えられますが、役職員が私腹を肥やしたわけではなく、間違っているとはいえ「会社のため」と思って関与していたことからすると、日本では、懲戒解雇や刑事処罰を原則とすることまでは受け入れにくいのであろうと思います。なお、この点について、拙稿「企業不祥事における個人責任の追及についての日米の温度感の差異とその変化の芽」弊事務所・危機管理ニューズレター2017年1月号2頁参照。

 

以上

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木目田 裕

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