(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2026年4月30日号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

1. はじめに

本年4月21日、「Directive of the European Parliament and of the Council on combating corruption※1」(以下「EU反腐敗指令」といいます。)が最終採択されました※2

 

※1 正式名称は「Directive of the European Parliament and of the Council on combating corruption, replacing Council Framework Decision 2003/568/JHA and the Convention on the fight against corruption involving officials of the European Communities or officials of Member States of the European Union and amending Directive (EU)2017/1371 of the European Parliament and of the Council」です。

 

※2  https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2026/04/21/council-adopts-new-eu-wide-law-to-combat-corruption/

 

EU反腐敗指令は、EU域内に本拠を有する企業にとどまらず、EU域内に子会社等の事業拠点を有する日本企業や、EUにおいて代理店や販売店、ディストリビューター等を通じて事業活動を行う日本企業に対しても、その事業遂行やコンプライアンス体制に重大な影響を及ぼすものです。

 

本稿では、EU反腐敗指令の主な内容を整理した上で、今後のスケジュール及び展望について解説します。

2. 主な内容

EU反腐敗指令は、腐敗犯罪の定義や刑事罰に関する最低基準、腐敗の防止と撲滅を強化するための措置等を定めています。本稿では、そのうち特に重要な部分に焦点を当てて解説します。

 

(1)腐敗犯罪の定義

 

EU反腐敗指令は、腐敗犯罪の概念・範囲を大きく拡張している点に特徴があります。具体的には、次のような腐敗犯罪が定められています。

 

① 公的部門における贈収賄(Bribery in the public sector, Article 3)

② 民間部門における贈収賄(Bribery in the private sector, Article 4)

③ 公的部門又は民間部門における財産の不正使用(Misappropriation, Article 5)

④ 影響力に係る取引(Trading in influence, Article 6)

⑤ 公的職権の違法行使(Unlawful exercise of public functions, Article 7)

⑥ 司法妨害(Obstruction of justice, Article 8)

⑦ 腐敗犯罪由来財産の蓄財(Enrichment from corruption offences, Article 9)

⑧ 隠匿(Concealment, Article 10)

⑨ 教唆・幇助・未遂(Inciting, aiding and abetting, and attempt, Article 11)※3

 

※3 本条の適用対象は、①から⑧までに掲げた行為のすべてに及ぶものではなく、その一部に限定されています。

 

これらのうち、企業法務との関係で特に注意しなければならない犯罪としては、例えば、②民間部門における贈収賄や④影響力に係る取引が挙げられます。

 

②民間部門における贈収賄は、故意により、経済活動、金融活動、事業活動又は商業活動の過程において、贈賄行為(相手方にその職務に違反する行為を行わせ又は行為を差し控えさせることを目的として、不当な利益を約束し、申出し、又は、供与すること)、又は、収賄行為(自身においてその職務に違反する行為を行い又は行為を差し控えることを目的として、不当な利益を要求し、受領し、又は、その申出若しくは約束を受諾すること)を行うことを指します。その経路(直接であるか仲介者を通じるか)は問われません。このような贈収賄の類型は、既に複数の加盟国において規制の対象とされています。もっとも、各国法の構成要件や対象範囲、罰則には差異が残り、執行実績も必ずしも十分とはいえませんでした。EU反腐敗指令は、こうした民間部門における贈収賄リスクをEU全域で改めて正面から捉え直し、重要なコンプライアンス課題として明確に位置づけた点に大きな意義があります。

 

④影響力に係る取引は、故意により、公務員から不当な利益を得る目的で、公務員がその職務を遂行するに当たって行う作為又は不作為に対して不当な影響力を行使させるため、第三者に対して、直接又は仲介者を通じて、不当な利益を約束し、申出し、又は、供与すること、及び、第三者において、そのような不当な利益を要求し、受領し、又はその申し出や約束を受諾することをいいます。EU反腐敗指令の特徴として、本罪の成立に当たり、実際に影響力が行使されたか否か、又は主張された影響力が意図された結果をもたらしたか否かを問わない点が挙げられます。すなわち、影響力行使の成否や結果の発生にかかわらず、行為それ自体が処罰対象となることが明確にされています。海外事業においてコンサルタントやエージェント等のインターミディアリーを起用する場面は少なくありませんが、公的意思決定に関する便宜を期待して利益の約束等を行った場合には、成果の有無にかかわらず、その依頼や支払の時点で重大なコンプライアンスリスクが生じることになります※4

 

※4 なお、この犯罪類型は、公的意思決定に正当な影響を及ぼすことを目的とする、不当な利益の授受等を伴わない、公的に認められた利害代表又は法的代理の適法な実施を対象とするものではありません。例えば、ロビーイングを含むアドボカシー活動は、不当な利益を得る目的で行われるものでなく、関係する法令等の規律に従って行われる限り、その適法性が否定されるものではありません。もっとも、実務上は、正当な影響力の行使と違法な影響力の行使との境界が必ずしも明確ではなく、とりわけ正当なロビーイングに適用される明確な規制枠組みを有しない加盟国においては、特別の注意を要します。

 

(2)刑罰・措置

(ア)自然人への刑罰・措置

EU反腐敗指令は、一部の腐敗犯罪について、次のとおり、自然人への刑罰の最低基準を定めています。

 

(a)公的部門における贈収賄(公務員の作為又は不作為が、当該公務員の職務に違反する場合):最長刑期が少なくとも5年の拘禁刑

 

(b)公的部門における財産の不正使用、腐敗犯罪由来財産の蓄財、隠匿:最長刑期が少なくとも4年の拘禁刑※5

 

(c)公的部門における贈収賄(公務員の作為又は不作為が、当該公務員の職務に違反しない場合)、民間部門における贈収賄、影響力に係る取引:最長刑期が少なくとも3年の拘禁刑

 

※5 公的部門(又は民間部門)における財産の不正使用については、関連する利益又は損害の額が1万ユーロ未満である場合には、当該行為を犯罪としない旨を定めることが可能とされています。ただし、当該閾値は、同一人物による連続行為(相互に関連し、かつ、同種の行為)にも適用されます。

 

さらに、加盟国は、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く。)を行った自然人に対して、当該行為の重大性に比例した追加的な刑事上又は非刑事上の刑罰又は措置を科すことができるよう、必要な手段を講じなければならないとされています。これらの刑罰又は措置としては、次のようなものが含まれます。

 

(a)罰金

 

(b)公職からの解任・一時停止・配置転換

 

(c)公職に就くこと、公務を遂行すること、当該加盟国が全部又は一部を所有する法人の役職に就くこと、当該犯罪をもたらし又はこれを可能にした事業活動を行うことについての資格剥奪

 

(d)公職に立候補することについての一時的禁止

 

(e)当該犯罪をもたらし又はこれを可能にした活動を行うための許可・認可の撤回

 

(f)入札手続、補助金、コンセッション及びライセンスを含む公的資金へのアクセスからの排除

 

(g)公共の利益がある場合において、プライバシー及び個人データ保護に関する規則を害しない範囲における、当該犯罪及び科された刑罰又は措置に関する司法上の決定の全部又は一部の公表

 

(イ)法人への刑罰・措置

EU反腐敗指令は、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く。)を行った自然人が関係する法人に対しても、法的責任を負わせる仕組みを設けることを加盟国に義務付けています。その内容は、当該犯罪を行った自然人の法人内における地位に応じて、次のとおり異なります。

 

① EU反腐敗指令は、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く。)が、法人の利益のために、当該法人内において主導的地位(leading position)を有する者により、単独で又は当該法人の機関の一部として行われた場合には、当該法人が法的責任を問われ得ることを確保する義務を加盟国に課しています。主導的地位とは、当該法人を代表する権限、当該法人を代表して意思決定を行う権限、又は、当該法人内部において支配的影響力を行使する権限のうち、一つ又は二つ以上に基づくものと定義されています。

 

② EU反腐敗指令は、主導的地位を有する者による監督又は管理の欠如により、その者の権限下にある者が、法人の利益のために、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く。)を行うことが可能となった場合には、当該法人が法的責任を問われ得ることを確保する義務を加盟国に課しています。

 

そして、EU反腐敗指令は、腐敗犯罪(公的職権の違法行使を除く。)について、上記①又は②によって法的責任を問われる法人に対する刑罰又は措置には、刑事上又は非刑事上の罰金を含めること、その金額は当該行為の重大性及び当該法人の個別事情・財産事情・その他の事情に比例したものでなければならないことを求めるとともに、加盟国において、当該行為の重大性に比例したその他の刑事上又は非刑事上の刑罰又は措置を含めることができる旨定めています。例としては、次のようなものが列挙されています。

 

(a)公的給付又は援助を受ける資格の剥奪

 

(b)入札手続、補助金、コンセッション及びライセンスを含む公的資金へのアクセスからの排除

 

(c)事業活動を行うことの一時的又は永久的な禁止

 

(d)当該犯罪をもたらし又はこれを可能にした活動を行うための許可・認可の撤回

 

(e)当該犯罪が関係する契約を公的機関が無効にし又は解除する権限

 

(f)司法監督下への付置

 

(g)司法上の解散

 

(h)当該犯罪を行うために使用された事業所の閉鎖

 

(i)公共の利益がある場合において、プライバシー及び個人データ保護に関する規則を害しない範囲における、当該犯罪及び科された刑罰又は措置に関する司法上の決定の全部又は一部の公表

 

法人処罰に関して最も重要な点は、EU反腐敗指令が、少なくとも、一部の腐敗犯罪について法人が上記①により法的責任を負う場合には、その罰金の最高額が一定額を下回ってはならないことを定めている点にあります。具体的には、次のとおりです。

 

→ 第3条から第5条までの腐敗犯罪:(i)犯罪が行われた事業年度の直前の事業年度又は罰金を科す決定がされた事業年度の直前の事業年度のいずれかにおける、当該法人の全世界売上高総額(total worldwide turnover)の5%、又は、(ii)4,000万ユーロに相当する額

 

→ 第6条、第8条及び第9条の腐敗犯罪:(i)犯罪が行われた事業年度の直前の事業年度又は罰金を科す決定がされた事業年度の直前の事業年度のいずれかにおける、当該法人の全世界売上高総額(total worldwide turnover)の3%、又は、(ii)2,400万ユーロに相当する額

 

(3)管轄

原則として、EU反腐敗指令は、属地主義及び属人主義(国籍主義)を採用しています。すなわち、腐敗犯罪が自国領域内で全部若しくは一部行われた場合、又は、行為者が自国民である場合には、加盟国が管轄権を設定しなければならないことを明示しています。

 

また、EU反腐敗指令は、加盟国が上記を超えて域外犯に管轄権を拡張することも可能としています。具体的には、行為者が自国に常居所を有する場合、被害者が自国民又は自国に常居所を有する者である場合、犯罪が自国に設立された法人の利益のために行われた場合、又は、自国領域内で全部若しくは一部行われる事業に関して法人の利益のために行われた場合です。もっとも、これらは加盟国に義務として一律に課されるものではなく、そのような管轄権拡張を行うことを決めた加盟国は、その旨を欧州委員会に通知しなければならないとされています。

 

さらに、EU反腐敗指令は、同一犯罪について複数の加盟国が管轄権を有する場合には、いずれの加盟国が刑事手続を担当するかを協議・調整すべきであり、必要に応じて、EU理事会枠組決定2009/948/JHA(Council Framework Decision 2009/948/JHA)12条2項に従って、Eurojustへ付託することを求めています。

 

加えて、EU反腐敗指令は、属人主義に基づく管轄権(つまり、自国民による犯罪についての管轄権)を行使するに当たり、追加的な手続的条件を課してはならないことを定めています。すなわち、犯罪が行われた他の国からの告発や当該国における通報を自国における訴追開始の条件としてはならないとされています。

 

(4)資産凍結・没収

EU反腐敗指令は、加盟国に対し、腐敗犯罪に関連する犯罪手段(instrumentalities)及び犯罪収益(proceeds)について、追跡・特定・凍結・没収を可能にするための措置を整備するよう求めています。さらに、欧州議会及びEU理事会指令2014/42/EU(Directive 2014/42/EU of the European Parliament and of the Council)に拘束される加盟国については、それらの措置を同指令に従って講ずべきことが明示されており、EUにおける犯罪収益剥奪の既存枠組みとの整合性が図られています。

3. 今後のスケジュール及び展望

EU反腐敗指令は、欧州議会とEU理事会の各議長による署名が行われた後、EU官報(Official Journal of the European Union)への掲載の20日後に発効します。加盟国は、その発効日から24ヶ月以内(ただし、リスク評価及び国家レベルの反腐敗戦略に関する規定については、発効日から36ヶ月以内)に、EU反腐敗指令を遵守するために必要な法律、規則及び行政規定を施行しなければなりません。

 

このため、加盟国は、2026年から2029年にかけて、EU反腐敗指令に沿ったかたちで、腐敗犯罪の定義、処罰体系、法人責任、通報者保護等に関する国内法制の見直しや新たな制度整備を段階的に進めていくことになります。各加盟国における具体的な国内実施法の内容は、今後個別に見極めていく必要がありますが、少なくとも、法人責任の射程の拡大及びそれに連動した制裁水準の引上げに向けた立法・制度改正は不可避でしょう。

 

以上

 

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安部 立飛

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