父と母の変化…「全部残すことが親の役目ではない」
こうした状況は、決して珍しいものではありません。内閣府の「経済財政白書(令和6年度)」でも、高齢者世帯について、65歳以降に年齢とともに資産が大きく減少していく傾向は確認されにくいと分析されています。
「老後のために」と長年かけて築いた資産を、いざ老後になった途端に使えるかというと、そう簡単ではありません。宏さんもまさにその一人でした。
「貯めるのは苦じゃなかったんだよ。目標があったから。でも、使うほうは……減ってしまうのが不安なんだろうな」
老後の医療費や介護費など、これから必要になるお金があることは聡介さんにもわかっています。ただ、両親が懸命に貯め続けてきたお金が、結局何にも使われないまま残ってしまうことには、違和感がありました。
「何のために貯めたんだろうってならない? 年金だって定期収入だろ。家もあって貯金もあるなら、もうちょっと楽しんでもいいんじゃないかな」
聡介さんは続けました。
「たとえば母さんの負担を減らすために外食するとかさ。きっと気分転換にもなるよ。あ、俺に残すことを優先する必要なんてないからね」
息子が言った言葉、特に「残すことを優先しなくていい」という言葉が、父を動かしました。父と母は、近所の飲食店で時折外食するようになったのです。
「外食したら、片付けもしなくていいから楽ね。毎日3食つくるのは本当に大変だもの」
母がそう言うと、父も、「こんなことで喜ぶなら、もっと早く行けばよかったな」と笑います。
そして、夫婦は初めての海外旅行へ。行き先は妻が憧れていたというハワイでした。円安の影響もあり、100万円を超える大きな出費に最初は戸惑ったものの、帰国した2人は思った以上に楽しめた様子です。
「これまでずっと、子どもに迷惑をかけないようにって貯めてきたんだと思う。でも、全部残すことだけが親の役目じゃないんだよな」
その後、夫婦が節約生活そのものをやめたわけではありません。変わったのは、「使ってもいいお金がある」と少しずつ思えるようになったことでした。
長年かけて築いた資産は、残すためだけのものではありません。夫婦が元気に動ける、限られた時間をどう過ごすのか。「お金を使う」ということもまた、老後を考えるうえでの大切な選択肢なのかもしれません。
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