「お金がないなら、少し出そうか?」定年後に質素な暮らしを続ける両親を心配した娘。しかし、明かされた総資産はなんと約1億1,000万円でした。十分すぎる資金がありながら、なぜ彼らは旅行にも行かないのか? 「死ぬ直前が一番お金持ち」になりがちな現代の高齢者が抱える、“お金を使えない”リアルな葛藤と家族の物語。

「これからは思い出にお金を使おう」

しばしの沈黙の後、娘はこう言いました。

 

「びっくりした……。ねぇ、もしかして私たちに残そうとしてくれてる? そうね、多少の介護費用ぐらいはとっておいてほしいかな。でも、貯めてばっかりじゃ何のために働いてきたの? 人生に悔いがないように、お母さんのため・自分のために使ってほしい」

 

娘の言葉を聞いて、田中さんの中で何かがスッと軽くなりました。

 

「お金のことで子どもに苦労をかけたくないし、しっかり遺産を残さなければ」という無意識のプレッシャーから解放された瞬間でした。

 

娘の助言をきっかけに、夫婦は「お金を使うリハビリ」を始めることにしました。

 

裕子さんを毎日の家事から解放するため、週に何度か近所のお店へ外食に出かけるように。片付けのいらない夕食と美味しい料理は、裕子さんの表情を劇的に明るくしました。同時に田中さんも簡単な家事を覚え、お互いに自由な時間を楽しむ余裕が生まれていきました。

 

そして、旅慣れていない2人が意を決して予約したのが、初めての海外旅行です。行き先は妻が「近くだから安心」と言った台湾。パスポートを取り、ツアーに申し込み……帰路につくころには、外の世界を直接見て経験するすばらしさに魅了されていました。

 

「これからは思い出にお金を使おう」

 

その後、リビングには各地で撮影した夫婦の笑顔の写真が飾られるようになりました。派手な浪費をするわけではありませんが、自分たちの時間を豊かにする「心地よい贅沢」を覚えたのです。

 

 

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