「同じマンションに空きが出たよ」娘から届いた連絡
「最初は、さすがに近すぎると思いました」
そう振り返るのは、72歳の信一さん(仮名)です。70歳の妻・美智子さん(仮名)と2人で暮らしています。
夫婦の公的年金は合わせて月約34万円。子どもは2人おり、長男は地方在住。長女の由佳さん(42歳・仮名)は夫と小学生の子ども2人と暮らしています。
夫婦が長年住んできたのは、首都圏郊外の戸建てです。
住宅ローンは完済していましたが、駅までは徒歩20分以上。買い物にも車を使うことが多く、70代に入ると、将来の生活を考えてマンションへの住み替えを話すようになりました。
そんなとき、由佳さんから連絡が入ります。
「うちのマンション、中古で1部屋出たみたいだよ」
娘一家が暮らしているのは、駅に近いタワーマンションでした。スーパーやドラッグストアが近く、病院へも行きやすい。夫婦が探していた条件には合っています。
ただ、美智子さんには引っかかることがありました。
「同じマンションに住んだら、毎日のように孫が来るんじゃない?」
孫はかわいい。会えるのはうれしい。それでも、夫婦は退職後の生活をようやく楽しみ始めたところでした。
平日に映画へ行き、気が向けば外食する。年に数回は2人で旅行にも出かけます。
美智子さんには、娘一家の近くに住んだ途端、それまでの生活が変わってしまうことへの心配がありました。
「孫の面倒を見るのが嫌ということじゃないんです。でも、近くにいるんだから今日もお願い、明日もお願いとなったら、私たちの予定を入れにくくなるでしょう」
そこで物件を購入する前に、娘夫婦と話をしました。
美智子さんが最初に伝えたのは、「近くに住んでも、毎日は会わないよ」ということでした。由佳さんは少し驚いたものの、「そのつもりで引っ越してきてとは思ってないよ」と答えました。
夫婦は安心し、同じ建物の別の階にある2LDKを購入。長年住んだ戸建てを売却して、新しい生活を始めました。
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、子どもがいる65歳以上2,335人のうち、今後の暮らしについて「同居ではなく近居したい」と答えた人は32.8%で最も多く、「同居したい、同居を続けたい」は23.2%、「同居か近居のどちらかをしたい」は12.9%でした。別居している子どものみがいる人に限ると、「同居ではなく近居したい」は45.1%に上ります。
家族のそばにはいたい。しかし、同じ家で暮らす必要までは感じない。夫婦の選択も、そんな距離感でした。
