「ちゃんと食べてるよ」電話ではいつもそう答えていた母だが…
「母とは週に1回くらい電話していたので、特に心配していなかったんです」
そう話すのは、54歳の健一さん(仮名)です。
81歳の母・和子さん(仮名)は、父が7年前に亡くなってから一人暮らし。年金は月約13万円で、住宅ローンを完済した戸建てに住んでいます。
健一さんは妻と子どもの3人暮らし。母の自宅までは車で2時間ほどかかるため、頻繁に訪ねることはできません。
それでも電話は定期的にしていました。
「変わったことない?」
「ちゃんと食べてる?」
そう聞けば、母から返ってくるのはいつも「大丈夫」「ちゃんと食べてるよ」という答えでした。
実際、和子さんは持病の通院を続けながら、一人で買い物にも行っています。近所にはスーパーがあり、友人と電話で話すこともあると聞いていました。
そのため健一さんも、「まだ一人で問題なく暮らせている」と考えていたそうです。
ところが仕事が忙しく、実家へ行けない時期が続きました。
半年ぶりに訪ねたのは、夏のある週末でした。昼前に到着すると、和子さんは以前と変わらない様子で迎えてくれました。
部屋が荒れているわけでもありません。洗濯物も片付いており、身なりにも特に変化はありませんでした。
昼食を一緒に食べようと健一さんが声をかけると、和子さんは「冷蔵庫にあるものでいいよ」と答えました。
そこで健一さんが冷蔵庫を開けると、目に入ったのは卵、豆腐、納豆、漬物。野菜は少量で、肉や魚はほとんどありません。
冷凍庫には冷凍うどんと食パンが入っていました。
「母さん、普段何食べてるの?」
そう聞くと、和子さんは不思議そうな顔をしました。
「ちゃんと食べてるよ。朝はパン。昼はうどんとか。夜はご飯と納豆があればいいし」
健一さんが驚いたのは、食べるものがまったくなかったからではありません。
以前の母は料理が好きでした。父が生きていたころは煮物や焼き魚、みそ汁などを毎日のように作り、健一さんが帰省すれば何品も食卓に並べていました。
「魚は買わないの?」
「一人だと焼くのも面倒なのよ。お肉も余っちゃうし」
聞けば、買い物へ行く回数も以前より減り、週に1、2回程度になっていました。
「重いものを持って帰るのも大変だから、必要なものだけ買うようになった」と和子さんは話します。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上人口に占める一人暮らしの割合は、2020年時点で男性15.0%、女性22.1%。2050年には男性26.1%、女性29.3%になると推計されています。
高齢になっても一人で生活を続ける人が増えるなか、離れて暮らしていれば、普段の食事や買い物の様子まで知る機会は限られます。
健一さんも母とは定期的に電話をしていました。それでも、冷蔵庫の中を目にするまで、以前ほど料理をしなくなっているとは思っていなかったのです。
