「車があれば困らない」移住当初はそう思っていたが…
「最初の数年は、本当に楽しかったんです」
そう話すのは、73歳の和夫さん(仮名)です。71歳の妻・美代子さん(仮名)と暮らしています。
夫婦の公的年金は合わせて月約28万円。以前は首都圏で暮らしていました。
和夫さんが65歳で仕事を辞めたのを機に、夫婦が選んだのが地方移住です。以前から旅行で何度も訪れていた地域で、山や田畑に囲まれた景色を2人とも気に入っていました。
「仕事を辞めたら、こういうところで暮らしたいね」
夫婦で何度も話していた夢でした。
購入したのは、中心市街地から車で20分ほど離れた中古戸建て。広い庭があり、首都圏で暮らしていたころより住居費も抑えられました。
朝は鳥の声で目を覚まし、庭では野菜を育てる。近所の人から採れた野菜をもらうこともありました。
一方、スーパーまでは車で約15分。内科のある診療所までも車で10分以上かかります。移住前にも分かっていたことでした。
「車があれば何も困らないじゃない」
美代子さんも、当時はそう話していました。実際、夫婦ともに運転していたため、不便を感じることはほとんどありませんでした。
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、60歳以上が普段の外出で利用する交通手段は「徒歩」が50.1%で最も多い一方、「自分で運転する自動車」も46.6%に上ります。ただし、男女とも年齢が高くなるほど、自分で運転する自動車を利用する割合は低くなる傾向がみられます。
夫婦にも、その変化は少しずつ訪れました。70歳を過ぎたころから、美代子さんが夜間の運転を避けるようになったのです。
「暗い道だと、前より見づらい気がする」
やがて、知らない道や交通量の多い場所では運転しなくなりました。買い物は和夫さんが車を出すことが増えます。
そんなある日、和夫さんが体調を崩しました。大事には至りませんでしたが、数日間、車を運転できません。
冷蔵庫に食料はありました。それでも美代子さんが困ったのは、夫を病院へ連れていく方法です。
近くに住む知人に頼み、車を出してもらいました。
「そのとき初めて、この生活はどちらかが運転できることが前提だったんだと気づいたんです」
内閣府の同調査では、現在住んでいる地域で不便に感じることとして、「日常の買い物に不便」が23.9%、「医院や病院への通院に不便」が23.8%、「交通機関が高齢者には使いにくい、または整備されていない」が21.5%でした。さらに、町村部では「通院」を外出目的に挙げた人が75.5%に上ります。
移住から7年。夫婦は初めて、「車に乗れなくなった後」の暮らしを具体的に考えました。
