「親切なお隣さん」なのに…
引っ越した翌日の朝。隣の家に住む70代後半のリツさんが、庭先から声をかけてきました。挨拶は済ませており、“島のばあちゃん”という感じの、きさくで優しい雰囲気の人です。
「わからないことがあったら、何でも聞いてちょうだいね」
ゴミ出しの場所や曜日、近くの商店のこと、フェリーの時間など、生活に必要なことをいろいろ教えてくれます。自宅で採れた野菜や、知り合いからもらったという魚まで持ってきてくれました。
陽子さんには、その親切が新鮮でした。
「都会では、お隣さんの顔すら知らないこともありますから。こんなふうに声をかけてもらえるなんて、ありがたいと思いました」
ところが、その印象は時間が経つにつれて少しずつ形を変えていきました。
「今日はどこに行っていたの?」
朝、庭に出ると声をかけられる。スーパーから帰ってくると「何かいいもの買えた?」と聞かれる。本土に行って帰ってくれば「遅かったね、何の用事だったの?」 と笑顔で言われる。
どれも女性に悪意はありません。ただ、都会の“無関心”に慣れている陽子さんは、質問をされるたびに「いちいち答えたくないな」「監視されているみたい」――そう感じるようになっていきました。
今日は話したくないと思っても、それを伝えることもできません。やがて、チャイムが鳴ると少し身構え、 外から声が聞こえると息を潜めてしまうように。
「親切にしてもらっているのに、逃げたくなってしまう。私は何をしているんだろうって……そう思うほど苦しくなっていったんです」
