「同年代がたくさんいるなら…」入居前に思い描いていた生活
「部屋に一人でいても、下へ行けば誰かいる。そんな生活を想像していたんです」
そう話すのは、73歳の美智子さん(仮名)です。
夫を8年前に亡くし、その後は長く一人で暮らしてきました。公的年金は月約17万円。子どもは長男と長女の2人がおり、それぞれ家庭を持って離れた地域で暮らしています。
以前の住まいは、夫と30年以上暮らした戸建てでした。
近所にスーパーがあり、生活そのものに大きな不便はありません。ただ、築年数が経つにつれて設備の故障が増え、庭の手入れも負担になっていました。
「夜に何かあったらどうしよう、というのもありました。一人だから、誰にも気づいてもらえないかもしれないでしょう」
そこで70代になったのを機に検討したのが、シニア向けの分譲マンションでした。
館内には共用スペースがあり、スタッフもいます。食事を注文できるサービスや、住民向けのイベントも用意されていました。
美智子さんが魅力を感じたのは、それだけではありません。見学した日、ラウンジでは数人の入居者が談笑していました。
「同じくらいの年代の人がこんなに住んでいるなら、知り合いもできるだろうなと思ったんです」
長女も「一人で戸建てにいるより安心だね」と賛成しました。美智子さんは自宅を売却し、マンションへ転居しました。
最初の数週間は、新しい生活そのものが新鮮でした。朝になれば明るいラウンジへ新聞を読みに行き、館内で開かれる体操にも参加します。エレベーターで住民と会えば、「おはようございます」とあいさつを交わしました。
ところが、実際に暮らし始めると、美智子さんには一つ意外なことがありました。
「見学したときは同じくらいの年代の人が多いと思ったんです。でも入ってみたら、私は若いほうだったんですよね」
美智子さんが入居したマンションでは、80代の住民も多く暮らしていました。
もちろん年齢が違うから親しくなれないわけではありません。実際、館内で顔を合わせれば気さくに話してくれる人もいます。
ただ、美智子さんが思い描いていた生活とは少し違いました。
美智子さんはまだ一人で電車に乗って遠出をし、展覧会や買い物にも出かけます。「今度、新しくできた店へ行ってみたい」「旅行にも行きたい」といった話を気軽にできる相手ができることを期待していました。
一方、館内のイベントは、体操や季節の催しなどが中心です。参加してみると楽しいものの、それだけでは物足りなさも感じました。
「皆さんと話すのは楽しいんですよ。でも私が勝手に、ここへ来れば一緒に出かけたり、趣味を楽しんだりする友達ができると思っていたんでしょうね」
さらに、住民にはそれぞれ以前からの友人や家族との付き合いがあります。館内で積極的に交流する人もいれば、自室で静かに過ごすことを好む人もいました。
美智子さんは次第に、同じ建物に暮らしていることだけをきっかけに、思い描いていたような付き合いが生まれるわけではないと感じるようになりました。
