いつも通りの朝、妻からの「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、今日は何時くらいに帰ってくる?」
「いつもと同じくらいかな」
中岡啓二さん(仮名・54歳)は、いつもと同じようにパリッとしたスーツに身を包み、磨き上げた靴を履いて家を出ました。しかし、中岡さんが向かったのは会社ではありません。自宅から数駅離れた駅で降り、入ったのはカフェチェーンでした。
年収1,250万円を稼ぐ外資系部長。それはすでに過去の話です。中岡さんは退職をして無職になったにもかかわらず、「偽りの出勤」をしていたのです。
突然のリストラ、プライドを砕く厳しい転職事情
中岡さんは40代半ばで外資系企業へ転職。実績を上げ、部長職として年収1,250万円を得るまでになりました。不動産価格の上昇で今や1億円以上の価値があるタワーマンションに暮らし、娘は私立高校へ。休日には輸入車で家族と出かける。自分なりに「順調な人生」を歩んでいるつもりでした。
しかし、その日は突然やってきました。国内外の事業を見直し、管理職ポストを削減するという「組織再編」に関する通知。中岡さんは上司と人事に呼び出され、その対象になったことを告げられました。
「外資はこういうことがあり得る。そうわかっていたはずですが、自分は大丈夫だと過信していました。かなりショックを引きずりましたね」
退職までの猶予期間が約2ヵ月あり、さらに特別割増退職金も提示されました。中岡さんは「急いで仕事を探し、猶予期間の間に転職先を決めよう」――そう思っていました。
ところが、転職活動を始めると、想像以上の厳しさに唖然としました。
厚生労働省の「令和6年雇用動向調査」で男性の年齢階級別転職入職率(1年間に転職して新しい会社に入った人の割合)を見ると、30〜34歳で9.5%、35〜39歳で7.5%と年齢に応じて割合が下がり、50〜54歳では4.7%。年齢を重ねるほど転職という選択そのものが少なくなっていく様子がうかがえます。
中岡さんも、50代という年齢に加え、年収1,250万円という条件がネックになりました。同等の収入を得られる求人は限られ、エージェントからは「条件を緩めれば選択肢が広がる」と助言されました。しかし、「せめて1,000万円はキープしたい」と条件を下げきれず、あっという間に退職日を迎えました。
「気が付いたら無職でした。でも、妻にはいえなかった。『家族にいい暮らしをさせてあげている』というのが、私の存在意義だと思っていたんです。情けない姿を見せられなかった」
会社都合の退職として雇用保険の手続きを済ませ、失業給付の受給も始まりました。とはいえ、失業手当には上限があるため、高年収だった中岡さんでも受け取れるのは月約25万円程度です。
一方、中岡家の住宅ローンと管理費は月約38万円。さらに私立高校の学費、車の維持費、食費などがかかります。毎月の支出は約65万円。失業給付と妻のパート収入を合わせても月35万円ほどしかなく、何もしなくても毎月30万円前後が貯蓄から出ていく計算です。
家計を管理しているのは中岡さん自身。退職金を取り崩せば当面の生活はできますが、口座残高が減っていく現実に、不安は募っていきました。
「どこに出勤してるの?」
無職になって3ヵ月。仕事の振りをしてカフェやコワーキングスペース、図書館などを転々と移動し、転職サイトを覗く日々。それでも、「本命の面接の練習に」と少し妥協して応募した会社すら書類も通らない――中岡さんは限界に近づいていました。
そんなある日。夕食の席で、妻が口を開きました。
「ねえ、あなた。毎朝ちゃんとスーツ着て出ていくけど……どこに出勤してるの?」
箸が止まりました。妻は異変に気づいていたのです。中岡さんは観念し、これまで隠してきたことを打ち明けました。
「今までみたいな生活を続けられなくなると思って……ごめん」
うなだれる中岡さんに、妻が静かに返した言葉は、想像とは違いました。
「生活は変えればいいじゃない。あなたが隠し事をしていたほうが嫌だったわ」
妻は、自分がパートを増やし、車を手放し、必要ならタワーマンションを売ってもいいと話しました。
その言葉を聞いて、中岡さんは「年収や肩書きがなくなれば家族に見捨てられるのではないか」という思い込みに縛られていたことに気づかされたのです。
その夜、二人は家計のすべてをテーブルに広げました。ローン、学費、預貯金、退職金。これからの生活費をどう抑えるか、夫婦で膝を突き合わせて具体的に話し合いました。
肩書きを捨てて得た「本当の豊かさ」
妻に打ち明けたことで「年収1,250万円の自分」という呪縛から解き放たれた中岡さんは、条件を大きく広げて転職活動を再開。約1ヵ月半後、年収550万円の国内企業への再就職を決めました。
外資系時代から見れば半分以下です。それでも、「54歳でこれまでの経験を生かせる仕事に就けたことを、まずは喜ぼう」と考えられるようになっていました。
外車を手放し、外食の頻度も減らしました。それでも、中岡さんの表情に悲壮感はありません。
「年収が下がることより、家族に嘘をつき続けるほうが遥かに辛かった。妻に話したことで、ようやく一人で抱えなくてよくなったんです」
毎朝スーツを着て孤独にカフェへ通った数ヵ月は、厳しい時間でした。けれど同時に、「外資系企業の肩書きがなくても、家族は離れない」ということを知る機会でもありました。
高収入や肩書きが、人生の「もしも」まで防いでくれるわけではありません。中岡さんが失職を通して得たのは、お金には代えられない「家族との信頼」だったのです。
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