「32年間も尽くしてきたのに」…会社からの帰路、肩を震わせた54歳部長。〈年収340万円減〉定年まで残り6年で“老後計画が崩壊した”ワケ

「32年間も尽くしてきたのに」…会社からの帰路、肩を震わせた54歳部長。〈年収340万円減〉定年まで残り6年で“老後計画が崩壊した”ワケ
(※写真はイメージです/PIXTA)

人生100年時代となり、「70歳まで働く」「働ける限り働く」という考え方は珍しくありません。しかし、会社や環境は変わっていくもの。働く上ではそうした変化に対応していく力が必要です。今回は創業社長の死去をきっかけに人生設計が一変した会社員の事例から、“そのままでいることの危険”を見ていきましょう。

「安泰の会社員人生」…そのまま終われると思っていた55歳会社員

「この会社に入れて、俺はラッキーだ」

 

小林宏之さん(仮名・54歳)は、常日頃からそう思っていました。地方都市の建材商社。大学卒業後に入社して以来、32年一度も転職を考えたことはありません。

 

理由は単純。会社が好きだったからです。創業社長は社員一人ひとりの名前を覚え、「子どもの受験はどうだった」「奥さん元気か」そんな声を掛けてくれる人でした。年功序列が色濃く、毎年給料も上がっていく環境です。

 

営業成績が特別良かったわけではありません。一方で、怠けているわけでもありませんでした。同期が転職や独立をするなかで、大きなトラブルを起こすことなく「そこに残り続けていた」……営業部長になれた理由は、“長く続けた結果、自然と順番が回ってきた”というのが、正直なところでした。

 

年齢を重ね、役職が立派になるにつれて、仕事への向き合い方は変わっていきます。資料の作成は課長や若手社員にほとんどすべて任せるようになり、営業会議では課長がまとめた数字を見ながら承認するだけ。

 

新しい営業手法には「うちは昔からこれでやってきた」と過去の話を持ち出し、デジタル化や生成AIの研修案内が回ってきても参加を見送る。「若手に経験を積ませたいから」……そう言いながら、自分自身は新しい知識も実務も少しずつ手放していました。

 

「部長という立場とはこういうもの」「この調子で定年までいける」――そう安心していました。50代で年収は860万円、退職金見込みは1,500万円以上。人生設計に不安はありませんでした。

 

ところが、その“安泰の会社員人生”に激震が走ります。それは、創業社長の急逝から始まりました。

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