「年金だけになるのが怖かった」定年後に始めたタクシーの仕事
「もう夜勤はやめます。昼だけにしてください」
今年の春、勤務先の担当者にそう伝えたのは、タクシードライバーとして働く正人さん(仮名・70歳)です。
正人さんは妻を亡くし、現在は一人暮らし。年金収入は月約15万円で、金融資産は約800万円あります。住宅ローンを完済したマンションに住んでいるため家賃負担はありません。
60代半ばまでは会社員として働いていました。退職を迎えたとき、最初に感じたのは解放感よりも収入への不安だったといいます。
「給料がなくなって、毎月入ってくるのが年金だけになる。それまで何十年も働いていたから、急に15万円だけになるのが怖かったんです」
そこで、運転が苦にならなかった正人さんが選んだのがタクシードライバーでした。会社の支援を受けて普通第二種免許を取得し、60代後半から乗務を始めました。
タクシードライバーには、昼間だけ働く昼日勤や夜間を中心とする夜日勤のほか、朝から翌朝近くまで乗務し、途中に休憩を挟んで翌日を休む「隔日勤務」など、会社によってさまざまな勤務形態があります。
正人さんも当初は、深夜帯まで乗務する日を含む勤務を選びました。
夜は繁華街から自宅へ帰る客や、終電を逃した客による長距離利用もあります。日によって売上には差があり、それが給与にも影響します。
「金曜日の夜なんかは、もう少し乗っていればお客さんがいるかもしれないと思うんですよ。帰る時間を気にしていた会社員時代とは違って、今度は自分から夜まで働いていました」
年金とは別に給与が入ることで、預貯金を大きく取り崩さずに生活できる安心感もありました。
総務省『労働力調査(基本集計)2025年平均結果』によると、65~69歳の就業率は53.6%、70~74歳でも35.1%となっています。65歳を過ぎても働くことは、現在では特別なことではありません。
正人さんも「70歳まではこのままで」と考えていました。
ところが69歳を過ぎたころから、夜の勤務を終えた翌日の過ごし方が変わっていきます。以前なら昼前には起きて買い物へ出かけていたのに、夕方まで横になっている日が増えました。
それでも正人さんは、勤務を変えようとはしませんでした。
「昼だけにしたら、給料が下がる。それが嫌だったんです」
