「広い家よりありがたい」暮らしてわかった便利さ
引っ越して最初の数ヵ月、達夫さんには少し寂しさもありました。ベランダから海は見えても、自分で土を触れる庭はありません。
「最初は朝起きて、庭を見に行こうとしてしまうことがありました。長く住んだ家ですから、やっぱり名残惜しかったですね」
一方、佳代子さんは新しい生活の便利さをすぐに実感しました。
スーパーまでは徒歩5分。雨の日でも「車を出して」と夫に頼む必要はありません。通院も徒歩と電車で済みます。
以前はまとめ買いをしていたため、冷蔵庫には常に多くの食品が入っていました。今では必要なものを必要な分だけ買いに行きます。
達夫さんも半年ほどすると、車のない生活に慣れました。
駅前の図書館へ歩いて出かけ、晴れた日は海沿いを散歩します。庭の代わりに、ベランダで鉢植えのハーブを育てるようになりました。
「庭も車もなくなったら不便になると思っていました。でも、実際は逆でした。自分で管理しなきゃいけないものが減ったんです」
もちろん、マンションなら負担がないわけではありません。管理費と修繕積立金で月約4万円。固定資産税もかかり、修繕積立金が将来増額される可能性もあります。
総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、月平均の可処分所得22万1,544円に対し、消費支出は26万3,979円。住み替え後も、管理費などの固定費を含め、継続して支払えるかを確認することが重要です。
夫婦も購入前に管理費や修繕計画を確認し、年金から毎月の生活費をどこまで賄えるかを計算しました。
海が見えることは、暮らし始めてからも大きな楽しみです。それでも佳代子さんは、「一番よかったこと」を聞かれると、海ではなくこう答えます。
「歩いて買い物に行けることですね。きれいな景色より、牛乳がなくなったときに5分で買いに行けるほうが、これからは大事なのかもしれません」
高齢期の住み替えでは、自然環境への憧れだけで場所を選べば、車への依存など新たな負担が生まれることもあります。
達夫さん夫婦が選んだのは、「地方でのんびり暮らすこと」ではなく、好きな景色と将来の生活動線を両立させることでした。庭や車を持ち続けることより、10年後も自分たちだけで暮らせるか。夫婦にとって海辺への住み替えは、そんな老後を考え直した結果でした。
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