狂った歯車…夫婦を襲った「まさかの事態」
50代後半から業績に限りが見え始めました。大口の取引先が倒産し、その後、コロナ禍が直撃。さらに達雄さん自身も病気を患い、以前のように現場を飛び回ることができなくなってしまったのです。
経営者向けの共済制度などを切り崩しながら会社を維持していましたが、それでも資金繰りは厳しくなりました。従業員の雇用を守るため、運転資金の融資も受けましたが、売上は思うようには回復せず、借入だけが重くのしかかります。そしてついに限界を迎え、達雄さんが65歳の時に会社は廃業となりました。
夫婦が会社員として働いた期間は、若いときの数年だけ。その後は30年以上自営業(経営者)だったため、受給できるのはほぼ国民年金のみ。2人合わせても年金手取り額は月13万円ほどでした。
総務省「家計調査」によると、2025年の夫婦高齢者無職世帯の実収入は月平均25万4,395円。この数字には厚生年金や企業年金なども含まれています。一方で、長尾さん夫婦のように自営業者として働いてきた期間が長く、公的年金が国民年金中心の場合、受給額が平均を大きく下回るケースも珍しくありません。
普通に考えれば、すぐに家を売るべき状況です。しかし、達雄さんは決断をためらいました。
「それは、人生の敗北を認めることだと思ってしまったんです。特に、昔の仕事仲間に『長尾は落ちぶれた』と思われたくなかった。完全な見栄です」
貯金を切り崩し、愛車を売り払い、生活費を切り詰めても、タワマンにしがみつき続けました。しかし、そんな生活は長く持ちません。
すでに子どもたちはそれぞれ独立して家を出ており、夫婦2人きりになった広い部屋で、ただ通帳の残高だけが恐ろしい勢いで減っていきました。
金銭的な不安から奈美子さんは深刻な不眠症になり、達雄さんも「来月の返済はどうする」と動悸が止まらない。気がつけば、夫婦の会話は消え、家の中は凍りついたような空気になっていました。
「このままでは、破産する前に、2人とも心が死んでしまう」
奈美子さんの涙の訴えに、達雄さんはようやく自分のプライドを捨てる決意を固めました。

