(※写真はイメージです/PIXTA)

親元で暮らす成人した子どもは珍しくありません。家賃を抑えて貯蓄できる一方で、親の定年や老後資金の問題が近づくと、家族内のバランスが崩れることがあります。子どもが働いていて貯金もある場合、「いつまで実家にいるのか」という問題は、経済的な支援というより、親の生活設計そのものに関わる課題になります。

「出ていってくれ」…親子だからこそ必要な線引き

ある夜、正弘さんは拓也さんに話を切り出しました。

 

「来年の春までに、一人暮らしを考えてほしい」

 

拓也さんは驚いた顔をしました。

 

「急に何?」

 

「急じゃない。もう何年も考えていた」

 

拓也さんは不満そうに言いました。

 

「毎月お金は入れてるだろ。迷惑はかけてない」

 

その言葉に、正弘さんは首を振りました。

 

「迷惑かどうかの話じゃない。俺たちにも、これからの生活がある」

 

尚子さんは黙って聞いていました。息子を追い出したいわけではありません。けれど、食事を用意し、洗濯をし、生活の細かな負担を引き受けてきたのは主に尚子さんでした。

 

「私も、そろそろ夫婦二人の暮らしを考えたい」

 

母の言葉に、拓也さんは黙り込みました。

 

国土交通省『平成25年版 国土交通白書 第2節 住まい方の変化』によると、独身者で親と同居する人の割合は20代だけでなく30代でも増加傾向にあり、35~39歳では1995年の10.9%から2010年には20.1%へ上昇しています。親との同居には合理的な面もありますが、親の高齢化とともに、家族の役割や費用負担を見直す必要が出てきます。

 

正弘さんは、息子に期限を示しました。半年以内に部屋を探すこと。初期費用は自分の貯金で出すこと。家に残るなら、食費や家事分担を明確にすること。ただし、親が老後資金を削ってまで息子の生活を支えるつもりはないこと。

 

「出ていってくれ」

 

そう言うのは、正弘さんにとってもつらいことでした。

 

拓也さんは数日間、口をききませんでした。しかし、その後、不動産サイトを見るようになりました。初めて家賃、管理費、光熱費、食費を自分で計算し、「一人で暮らすにはこんなにかかるのか」と漏らしました。

 

正弘さんは、その姿を見て少し安心しました。

 

「独立してほしいのは、縁を切りたいからじゃありません。自分の生活を自分で組み立ててほしいんです」

 

親子で暮らすこと自体が悪いわけではありません。経済的にも精神的にも、助け合える面はあります。

 

しかし、成人した子どもが働き、貯蓄もあるのに実家に居続ける場合、親の老後設計や生活の自由が後回しになることがあります。とくに定年後は、収入も体力も変わります。

 

正弘さんが突きつけた退去期限は、親の老後と息子の自立を守るために、家族が避けてきた現実と向き合うための一線だったのです。

 

 

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