「見捨てられた」のではなく…家族だけに頼らない準備
長男の言葉は、正雄さん夫婦にとって冷たく感じられました。
しかし、数日後に改めて話を聞くと、長男にも事情がありました。仕事は忙しく、子どもの進学費用もかかる。休日は家族の予定で埋まり、遠方の親の手続きや引っ越し先探しまで担う余裕がなかったのです。
「助けたくないわけじゃない。でも、全部は無理なんだ」
夫婦は、長男だけに頼るのをやめ、自治体の窓口と地域包括支援センターに相談しました。階段の上り下りがつらいこと、買い物が負担になっていること、今後の住まいに不安があることを伝えました。
すぐに別の住宅へ移れるわけではありませんでした。それでも、買い物支援や見守り、介護保険の申請、住み替えに関する相談先を教えてもらうことができました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、高齢者世帯等の住宅確保要配慮者の増加に対応するため、民間賃貸住宅を活用したセーフティネット住宅の登録推進や、入居中サポートを行う賃貸住宅制度の整備が進められていることも示されています。
「息子に言われたときは、見捨てられたと思いました。でも、あの言葉がなければ、ずっと息子だけを頼っていたかもしれません」
正雄さんは、そう振り返ります。
親子だから助け合えることはあります。しかし、親子だからこそ、期待が大きくなり、断られたときの傷も深くなります。子どもには子どもの生活があり、親には親の暮らしがあります。
大切なのは、家族の愛情だけで老後を支えようとしないことです。住まいの不安、買い物、通院、介護、見守りは、自治体や地域の制度につなげることで負担を分散できる場合があります。
築40年の公営住宅で暮らす正雄さん夫婦にとって、長男の一文はつらいものでした。
それでも、その言葉をきっかけに、夫婦は初めて「息子に頼る老後」ではなく、「支援を組み合わせて暮らす老後」を考え始めました。
親子であっても、できることには限界があります。その現実を責め合うのではなく、早い段階で共有し、必要な支援につなげていくことが、これからの老後には求められているのかもしれません。
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