「老後資金は減らせない」…資産6,000万円を守り続けた父
正治さん(仮名・79歳)は、長年勤めた会社を退職後、妻に先立たれ、一人暮らしを続けています。
金融資産は約6,000万円。自宅の住宅ローンも完済済みです。年金もあり、生活に困る状況ではありませんでした。
しかし正治さんは、昔からお金に厳しい人でした。
「何があるか分からない」
「老後資金は減らしたら終わりだ」
それが口癖でした。
長男の健一さん(仮名・52歳)は、父の堅実さを理解していたつもりでした。ただ、数年前から少しずつ距離が生まれていきます。
きっかけは、健一さんの子どもの進学でした。私立高校への入学が決まり、入学金や授業料、塾代が重なりました。健一さん夫婦も共働きでしたが、住宅ローンもあり、家計は一時的に厳しくなっていました。
健一さんは、父に頭を下げました。
「少しだけ援助してもらえないかな。借りる形でもいいから」
しかし正治さんは、すぐに断りました。
「子どもの教育費は親が出すものだろう」
その後も、孫の大学受験、妻の入院、家計の一時的な苦しさが重なります。そのたびに健一さんは、必要最低限の相談をしました。しかし正治さんの答えは変わりませんでした。
「うちも余裕があるわけじゃない」
「年を取ったら何に金がかかるか分からない」
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得を消費支出が上回り、貯蓄を取り崩しながら生活する世帯もあります。高齢期に将来不安を抱くこと自体は、決して不自然ではありません。
ただ、健一さんには納得できない思いが残りました。
「父は困っていないのに、家族が困っている時にも一切動かなかった。悩むそぶりもなかった」
その感情が、少しずつ積もっていったのです。
