贅沢はできなくとも、お金には困らない老後になるはずが…
60歳で定年になったAさんは、娘はすでに家庭を持ち、妻と二人で暮らしています。現役時代、中小企業で営業をしていたAさんは、それなりにノルマを達成しながら昇給し、現役最後には部長にまで昇進することができました。当時の年収は800万円に達し、退職金は1,000万円を受け取って、貯蓄と合わせた金融資産は2,500万円にまで膨らんでいたといいます。
世間で「老後2,000万円問題」がどれほど騒がれていても、「自分たちは贅沢しなければ問題ないね」と夫婦で明るく笑い合える、そんな安泰な老後が約束されているはずでした。
Aさんには1歳年下の弟がいます。両親を早くに亡くしていたこともあり、たった一人の肉親として、30代ぐらいまでは頻繁に連絡を取り合う関係性でした。しかし、お互い家庭を持ってからは、だんだんと疎遠になっていったそうです。
ところが、窓の外で暗い長雨がじとじとと降り続く、どんよりとした梅雨のある日のこと。突然、弟から切迫した様子で連絡が入りました。
「コロナ禍から事業が急変し、資金繰りに困っている。立て直すまでのあいだ、どうかお金を工面してくれないだろうか」
Aさんにとって、自分の家庭以外の身内は弟だけ。「兄弟を見捨てるわけには」と、妻を説得し、将来の蓄えである貯蓄から、2,000万円を弟に貸すことに決めました。
「念のため借用書を作ったから、これから持っていくよ」
雨が激しく打ち付けるなか、自宅を訪ねてきた弟は数枚の書類を差し出しました。さらに弟は、青ざめた顔でこう懇願してきたのです。
「どうしても融資を受けたいのだけれど、実績が足りなくて銀行から『確実な担保と連帯保証人』を求められてしまった。ほかに頼る人もいない。お願いだから、お兄さんの家を担保に入れさせて、連帯保証人になってほしい」
涙ながらに懇願する弟の姿に、Aさんは断りきれませんでした。実印や印鑑証明などの必要書類を揃え、弟に連れられて公証役場へ赴き、法律で定められた保証意思の確認手続き(公正証書の作成)を完了させます。さらに、そのまま金融機関の窓口で、自宅を担保に差し出す連帯保証の契約書に署名・捺印をしました。弟はすべての手続きを終えると、「急いでいるから」と言い残し、すぐ帰っていったのです。
弟の自己破産と夜逃げ
お金を貸してからしばらく経ったので、Aさんは心配し、進捗を聞こうと弟に連絡をしてみました。しかし、受話器から流れてきたのは「この電話は現在使われておりません」のアナウンス。「いままでずっと同じ電話番号を使っていたはずなのに」と、不穏な予感が胸をよぎります。
しびれを切らして弟の家を直接訪ねてみることに。ところが、家はすでに売りに出されていました。近所の方に聞いてみると、夜逃げのように引っ越してしまったとのこと。「弟が夜逃げするなんて」。弟に裏切られたことを知り、目の前が真っ暗になります。
なすすべなく諦めて家に戻ったAさんに、さらなる絶望が襲います。ポストに、裁判所からの通知書と、金融機関からの督促状が届いたのです。
書面には、連帯保証人への請求とともに、「期日までに弁済がなければ、担保権に基づき、ご自宅を差し押さえて競売にかけます」という重々しい法的通告が記されていました。
手元に残っていた500万円の貯蓄をすべて返済に充てたものの、弟が抱えた巨額の債務には到底足りませんでした。若いころ、両親が亡くなりお互い支えあってきたAさん兄弟。本来なら許すことはできない行為ですが、督促の催促もあり、長年苦労して手に入れた大切な我が家を売りに出して、借金を返済することを選びます。
「こんなことになるなんて……」。安泰だったはずの資産と自宅を同時に失った夫婦は、市営団地の一室へと引っ越すことになってしまったのです。


