住み替えの決断が誤算に変わるまで
地方に移住した恵子さん(仮名・68歳)は、3年前まで首都圏の賃貸マンションで一人暮らしをしていました。夫を亡くしたのは10年前。子どもはおらず、年金月14万円で暮らしてきました。
「東京近郊に住み続けるのは、家賃の負担が大きかったんです。年金だけになったら、いつか苦しくなると思っていました」
もともと恵子さんは、月7万円台の家賃を払いながら暮らしていました。現役時代の貯蓄は多少あったものの、この先ずっと同じ調子で支出が続けば、老後の資金がじわじわ減っていく。そんな不安から、退職後しばらくして住み替えを考えるようになったといいます。
きっかけは、不動産情報サイトで見つけた中古住宅でした。地方都市から離れたエリアにあり、価格は480万円。築年数は古いものの、小さな庭があり、固定資産税も高くないと説明されました。
「不動産会社の人にも、“この金額なら家賃を払うより安心ですよ”と言われました。私もそう思ってしまったんです」
当初は、家賃がなくなるだけで生活はかなり楽になると考えていました。総務省『家計調査(2025年)』によると、高齢単身無職世帯の可処分所得は月約11.8万円、消費支出は月約14.8万円です。年金だけでは赤字になりやすいなか、住居費を抑える発想自体は不自然ではありません。
移住直後、恵子さんは新しい暮らしにある種の解放感を覚えたそうです。
「窓を開けると静かで、夜も真っ暗で。最初は“これでやっていける”と思いました」
ところが、その感覚は長く続きませんでした。まず困ったのは、日常の買い物です。最寄りのスーパーまでは車で15分ほど。バスは本数が少なく、夕方にはほとんどなくなります。免許は持っていたものの、都内近郊では長く運転しておらず、移住後に改めて軽自動車を購入しました。
「家賃はなくなったのに、今度は車のお金がかかるようになりました。保険、車検、ガソリン代、ちょっとした修理代。ひとつひとつは小さく見えても、積み重なると大きいんです」
さらに、築年数の古い家には想像以上に手がかかりました。雨どいの補修、給湯器の交換、庭木の手入れ。賃貸では意識しなかった支出が次々と発生したのです。
「“持ち家だから安心”と思っていたんですが、自分で直さなきゃいけないものがこんなに多いなんて思いませんでした」
そして、移住から2年ほど経った頃、恵子さんは通帳を見て声を失いました。
「普通預金の残高が、思っていたよりずっと少なかったんです。数字を見た瞬間、“こんなはずじゃない”と思いました」
食費や光熱費、医療費に加え、車と家の維持費が少しずつ貯蓄を削っていたのです。年金月14万円という条件では、住居費が抑えられても、他の支出次第で赤字に転じても不自然ではありません。
