アメリカ、最強国家への道
つい200年前は、広大な土地を有しているとはいえ、欧州の強国に比べると弱小国家そのものだった米国。それがいかにして最強国家にまでのし上がってきたのか。
米国は過去、さまざまな危機に直面してきた。それを乗り越えてきたからこそ、いまのように大きく強くなったと考えられる。
では、どのような危機に直面し、どのようにして危機を克服してきたのだろうか。
第一の危機は、南北戦争だ。1861年から1865年にかけて起こった内戦で、奴隷制存続を
主張するミシシッピ州やジョージア州、ルイジアナ州など南部の11州が合衆国を離脱して「アメリカ連合国」を結成し、合衆国に残った北部23州とのあいだで行われた戦争だが、その本質は奴隷制に賛成、反対ということよりも、国家の在り方を巡る戦いだった。
南部はプランテーション経済が盛んで、そこで栽培される綿花を欧州に輸出することで経済が成り立っていた。当時、イギリスの綿工業が発展したことで、綿花に対する需要が高まっていたため、イギリスを中心とする欧州経済とのつながりが重視された。
一方、北部は米英戦争によって英国製の工業製品が輸入できなくなったことから、米国の経済的自立が促され、北部を中心にして工業が発展したといわれている。
つまり南部は欧州など海外との自由貿易経済だったのに対し、北部は内需を中心とする閉鎖的経済だったのである。
そして、南北戦争で北部が勝利したことにより、米国は内需が発展し、国内経済がより強くなっていったと考えられる。内需拡大は米国国内の人々の生活水準の向上につながり、米国経済をさらに成長させた。
労働力を無償で提供する奴隷が解放されて賃金と購買力を持つ労働者に転換したわけだが、このことが米国に「人民の生活水準の向上」をパーパスとする国是を確立させたと考えられる。
この好循環を生み出した人物が、第16代大統領であるエイブラハム・リンカーンだ。
1861年から1865年まで4年間、大統領を務めた後、凶弾に斃れるという悲劇の大統領だが、南北戦争を乗り越え、奴隷解放を主導した人道的指導者として、歴史にその名を残している。
資本主義の礎を築いたリンカーン大統領
しかし私は、リンカーンが米国の歴代大統領のなかで最も偉大であるとされる最大の理由は、米国資本主義発展の重要な土台を築いたことにあると考えている。
その手段のひとつが、関税である。リンカーンは北部の工業地帯を保護する目的で「モリル関税法」を発動した。これは英国などからの輸入品に対して、49%の関税率を適用するというものだ。
これにより英国から入ってくる工業製品の価格が高くなり、そのおかげで米国の産業は守られた。つまり米国は、そもそもは保護主義の国なのだ。
保護主義経済学者として知られる、ドイツ出身のフリードリヒ・リストは、米国に渡り、そこで彼の学説は花開いた。自身の学説が実践されることで、経済発展の土台をつくったのが米国だったのだ。
まさしく米国は保護貿易主義の母国であり、南北戦争という困難を乗り越えることで、内需中心の需要拡大、つまり創造された資本が海外に流出することなく、米国国内の投資に回されるという好循環が生み出されたのである。
またリンカーンはグリーンバックという不換紙幣を発行して信用制度を整え、南北戦争で疲弊した国内振興を振興した。
歴史にもしもはないが、もしも南北戦争で南軍が勝っていたら米国はいまとはまったく別の歩みをしていたであろう。南部の欧州を市場とするプランテーション農業と貴族的大地主、奴隷労働という固定化された階級のもとで、工業発展は望めなかったであろう。

