「働けなくなったとき」への恐怖と隣り合わせの日常
「本当は、もうゆっくり休みたい……。でも、シフトを入れないと来月の家賃や光熱費が払えなくなる。それが現実です」
地方都市の古いアパートで一人暮らしをする膝折痛男さん(仮名・71歳)は、静かな口調で語りました。
膝折さんは生涯独身を貫き、長年、地元で看板製作の個人事業を営んできました。かつては注文が途切れない時期もありましたが、デジタル化の波に押されて廃業。現在は、月額約6万円の国民年金が唯一の固定収入です。
商売が傾き始めた時期、機械の維持費や生活費を補填するために貯金を取り崩してしまい、現役時代の蓄えは、すでにほとんど底をついています。
「自営業には定年がないのが救いと思っていましたが、貯金がなければ、体が動かなくなった瞬間に生活が止まってしまう。当時、そこまで考えが及びませんでした……」
貯金はなく、体だけが唯一の頼みの綱
膝折さんは現在、週に4日、地元の商業施設の清掃アルバイトに従事しています。時給は1,100円。最低水準の時給で、70歳を過ぎた体で立ち仕事を続けるのは容易ではありません。
「膝が痛む朝は休みたいと本気で思いますが、頼れる身寄りもおらず、休むわけにはいきません」
とにかく、今月を生き延びることが一番の目的だと膝折さんは語ります。働かなければ数ヵ月で生活が破綻するという現実が、現場へと向かわせているのです。
「1,100円の時給は、今の生活を維持するために欠かせないものです。ただ、最近は不安で仕方ありません。もし明日、大きな病気をして現場に立てなくなったら……その瞬間に収入が途絶えてしまう。そればかり考えてしまいます」
貯金はなく、体だけが唯一の頼みの綱。膝折さんは苦笑いしながら、そう呟きました。
データが示すシニア就労の「二極化」
膝折さんの事例は、華やかな「シニアライフ」という言葉の影に隠れた、今の社会の現実を映し出しています。株式会社マイナビが発表した「ミドルシニア/シニア層のアルバイト調査(2025年)」で、経済的な理由から再び働きに出るシニアの実態が浮き彫りになっています。
調査によれば、1年程度は働かなくても暮らせる資産を保有している人が56.8%と過半数を占めています。しかし一方で、70代男性の11.8%が「資産・財産はなにも保有していない」と回答しており、膝折さんのように資産による備えが十分ではない状態で働き続けている層が一定数いることを示しています。
また、65歳以上のアルバイト就業者が働く目的として「自分の生活費のため」と回答した人は46.9%にのぼり、全回答のなかで最多です。こうした層にとって、就労は自己実現ではなく、生活を守るための手段となっています。
さらに、雇用形態への満足度についても、シニア層の3人に2人にあたる67.0%が現在のアルバイトという働き方を本来的な希望通りとしている一方、生活上の必要性などから致し方なく従事している「望まぬアルバイト」が18.1%いることも明らかになっています。
これは、十分な資産を持ち「自由度の高さ」や「責任の軽さ」といったポジティブなギャップを感じながら働く層の裏側に、経済的背景から労働を選択せざるを得ない層が確実に存在していることを示しています。
インフレによる物価高騰が家計を直撃する現在、就労が「人生の彩り」である層と「生存維持の手段」である層の二極化は、より鮮明になっているといえるでしょう。
[参考資料]
株式会社マイナビ「ミドルシニア/シニア層のアルバイト調査(2025年)」
