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住み慣れた自宅での一人暮らしを望む母
地方都市で会社員として働く田村裕二さん(仮名/59歳)には、今年89歳になる母・マツさん(仮名)がいます。父は8年前に他界し、田村さんの自宅から車で1時間ほど離れた実家で一人暮らしをしていました。
マツさんの生活の糧は、月額約13万円の年金です。決して余裕があるわけではありませんが、持ち家で家賃もかからず、自宅の畑で野菜を育てているため、「一人で暮らす分には困らない」というのが口癖でした。マツさんは足腰も丈夫で、車がなくても徒歩で1キロ離れたショッピングセンターまで買い物に行くほど元気です。父が亡くなったとき、田村さんは母が一人になるのが心配で、近場の高齢者住宅への入居を勧めましたが、マツさんはそれを断り、自宅での生活を望みました。
そんな田村親子に騒動が起きたのは2024年7月、日本では約20年ぶりとなる紙幣のデザイン変更が行われた時期のこと。1万円札が福沢諭吉から渋沢栄一へと紙幣の肖像が変わり、テレビや新聞でも大きく取り上げられ、世間では新紙幣への切り替えが話題になっていました。
しかし、そんな世の中の盛り上がりをきっかけに、マツさんは思いもよらぬ行動に出たのです。
銀行窓口に200万円、警察からの電話
平日の昼下がり、お昼休憩をしていた田村さんの携帯電話が突然鳴りました。見知らぬ番号からの電話に不審に思いながら出てみると、母が普段利用している地元の銀行からでした。
「お母さまが、多額の現金を持って来店されていまして……」
行員の話によると、マツさんは手提げ袋に現金200万円を入れて来店し、「新しいお札に全部替えてほしい」と訴えているといいます。さらに、「預金のうち500万円ほどを海外の銀行へ送金したい」とまでいいだしたそうです。
行員は、「旧札もこれまでどおり使えること」「海外送金は詐欺の可能性があるということ」を何度も丁寧に説明しましたが、マツさんはなかなか納得しようとしません。埒が明かず、行員は「特殊詐欺に巻き込まれている恐れがある」として警察に相談し、同時に息子である田村さんにも連絡が入ったのでした。
慌てて駆けつけた田村さん。銀行には、警察官に説得されている母が。マツさんがこのような行動を起こした動機は、ある噂を信じ込んだことにありました。
「新しいお札に変わったら、古いお金は使えなくなるって聞いた」「日本は借金が多すぎるから、新しい円に切り替えて、国の借金を帳消しにするんだって」マツさんはそのように訴えました。
詳しく話を聞くと、この話は数年前から健康食品を購入している女性から聞いたもので、「いまのうちに海外の金融商品を契約し、お金を振り込んだほうがいい」と強く勧められていたのです。
帰り車中、母を送りながら田村さんは言い聞かせましたが、マツさんは納得できない様子でした。仕事中に抜けてきたため、日を改めて母を根気強く説得。母に金融商品を勧めた女性とも直接話をしました。結果的に、その女性は詐欺グループの一員などではなく、彼女自身もその「経済陰謀論」を本気で信じ込んでいるだけでした。紹介された金融商品も、手数料は高いものの詐欺商品というわけではありません。
「悪意のある騙し」ではなかったことがわかり、マツさんもようやく落ち着きを取り戻したのでした。

