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崩れる家計、壊れる家庭
生活費が苦しくなったのは、その少しあとです。クレジットカードの引き落とし日が近づくたび、鈴木社長はスマートフォンの残高表示を見る時間が長くなっていきました。
ある夜、家計簿をつけていた妻が口を開きます。「今月、ちょっと厳しいよね」その言葉に、鈴木社長は即座に反応しました。「大丈夫だって。一時的な立替だから」その声色は、努めて平静を装ったものでした。
しかし数日後、今度はもっと具体的な話になります。「来月の保育料と、ローンと……これ、本当に大丈夫?」鈴木社長は、苛立ちを隠せなくなっていました。
「だから大丈夫だっていってるだろ。会社のこと、いちいち口出しされると疲れるんだよ」
その瞬間、空気が変わりました。それから数週間、外食は減り、買い物では値札をみる時間が伸び、家の中から、雑談が消えていきました。決定打となったのは、クレジットカードと住宅ローンの支払い遅延。そして、妻が通帳にみつけた会社への複数回に渡る、多額の振込履歴。
「これ、どういうこと? 一時的な立替じゃなかったの?」問い詰められた鈴木社長は、声を荒げます。
「勝手に見るな! 一時的な調整だっていってるだろ!」
数日後、帰宅すると、家の中が妙に整っていました。子どものおもちゃとともに、生活の気配だけが消えていました。テーブルの上には、短いメモが。
「疲れたので実家に帰ります」
「過ち」を認められない社長
会社が止まり、社員が去り、家族がいなくなっても、鈴木社長は自分を失敗者だとは思っていませんでした。「判断は間違っていなかった」「少し運が悪かっただけだ」そう考えていたのです。これは強がりではないでしょう。彼の中では、論理が完成してしまっているのです。
・会社を守るための判断
・家族を守るための判断
・短期的な資金調整
だからこそ、この結末は「誤算」であって、「過ち」ではない、と。人は、失敗を認められないから崩れるのではありません。自分の思考を疑えなくなったときに崩れます。
鈴木社長は、何度も後悔しました。「あの入金がもう少し早ければ」「銀行がもう少し待ってくれれば」「妻に説明するタイミングが違っていれば」。しかし、この問いには辿り着きません。
「そもそも、判断基準そのものは正しかったのか?」
前提として定めるべきこと
鈴木社長を責めるのは簡単でしょう。しかし、同じ立場に立ったとき、同じ判断をしないと言い切れる人は多くありません。彼は感情ではなく、論理で動いていたからです。だからこそ、厄介なのです。
問題は、覚悟や努力ではありません。「疑うための仕組み」を持っていなかったことです。
・どこまで行ったら撤退するのか
・どの時点で、個人と法人を完全に切り離すのか
・なにが起きたら、自分の判断を否定するのか
それらを、感情や希望的観測が入り込む前に決めておくこと。実行できる戦略として、設計しておくこと。――戦略とは、成功するための道筋ではありません。自分の思考を疑い続けるための装置です。それがなければ、「まだ終わっていない」「今回は例外だ」「次はうまくやれる」とどうしても考えがちなものです。
あなたはいま、その言葉を使っていないと断言できるでしょうか。
萩原 峻大
東京財託グループ 代表
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